佐久田の選択

 佐久田の選択肢は次の三つだ。

 一、撤退

 安全だが、装備も成果も失う。北日本軍主力が帰還し息を吹き返して再び北海道にやって来てしまう。

 それは避けたい。

 二、全力で稚内を攻略し、陥落させ反転して北日本軍主力を陥落させる。

 当初のプラン通りの動きだ。

 だが、既に作戦に遅延が生じている。

 これまでの防御から一日で稚内を奪えるとは思えない。

 しかも、北日本軍主力が帰ってくる前に迎撃態勢を整える時間的余裕も必要であり、攻略に使える時間は少ない。

 三、北日本軍主力を迎撃する。

 圧倒的な敵兵力を海上からの支援を使って迎え撃つ。背後に稚内を抱えることになるが、防御はともかく攻撃に出るには稚内の兵力が少ない。

 奇襲はあるかもしれないが、少数の兵力、軽装備の空挺師団で対応可能と佐久田は判断していた。

 以上の選択肢を頭に思い浮かべた佐久田は、状況を分析して最良の成果を上げられる選択肢を選んだ。


「稚内に主力を引きつけて撃滅する。部隊は迎撃ラインへ直ちに移動艦砲と航空支援をフルに活用する」


 制海権が優位なのだから、艦隊からの砲撃支援を使わない手はない。

 セオリー通り圧倒的な火力をぶつけて撃破するのが佐久田の作戦だ。


「ですが、稚内を落とさなくてよいのですか」


 幕僚の一人が尋ねる。

 稚内を攻略し、迎撃するのが当初のプランだ。

 このほうが迎撃するのに背後の心配をしなくて良い。

 稚内を落とせば背後は海。

 後方の防御や警戒に兵力を回す必要がなくなる。

 しかし、稚内がねばり強く抵抗していては警戒の為の兵力を残す必要がある。


「稚内攻略中、背後を敵主力に攻撃されるのは拙い、迎撃を行う。直ちに部隊を移動させろ」


「宜しいのですか」


「仕方ない、挟撃されるのは危険だ」


 北海道のアレシア――ユリウス・カエサルがガリア戦争で行った攻城戦――と呼ばれる稚内の戦いが始まった。

 アレシアの戦いと同様、稚内という抵抗拠点を包囲しつつ、やってくる解囲軍、北日本の主力を迎撃する戦いだ。

 態勢は不利だが仕方ない。


「稚内包囲には八二空挺と空挺団を残す。他は全て迎撃に向かわせる。第一海兵師団、第二五歩兵師団、第三管区隊は南下させて防衛線に回せ」


 T34をはじめとする機甲戦力を持つ、北日本軍主力を迎撃するため比較的重装備の部隊を迎撃に向かわせる。

 一方、稚内は機甲戦力はないし、拠点から出撃してくるのを防ぐだけ、攻城用の塹壕に籠もり、抑えるだけで良い。

 支援も海上の機動部隊や水上部隊の艦砲射撃が行えるので、重火器を持たない軽装備の空挺部隊でも十分に役に立つ。


「海上機動隊は洋上待機。何処へでも投入出来るようにしておくんだ」


「予備兵力は海上機動隊のみですか」


「上陸後空いた船が九州の第四管区隊を乗せて津軽海峡で洋上待機している。これが使えるから安心だ」


 万が一、旭川方面が突破された時の予備としても使いたいGHQの判断により洋上待機していた部隊だ。

 旭川が突破され、北海道南部、太平洋岸へ行く場合は、最後の防衛戦力として室蘭か十勝に上陸させて使う予定だった。

 だが、稚内への上陸が成功し、北日本が北方へ離脱。

 旭川で戦闘をしていた部隊、第一管区隊と、第二管区隊、第七歩兵師団と第一騎兵師団が北上を開始していた。

 遅滞戦闘に遭いつつも順調に北上している。

 むしろ細い天塩川流域を北上するため、通行が出来ず兵力が過剰な位だ。

 東西の海岸から北上させてもまだ部隊が余るため、第四管区隊が予備兵力として待機する必要は無くなった。

 なので、稚内の予備戦力として使わせて貰う。


「直ちに作戦準備を開始。配置に就かせろ」


「了解」


「これで上手く行けば良いのだが」


 部下がいなくなってから佐久田は呟いた。

 本心としては、第一海兵師団に洋上待機。場合によっては、敵の後方へ敵前上陸を敢行して貰いたい。

 しかし、船団に乗り込む時間的余裕がない。

 橋頭堡は、上陸部隊の物資で一杯で、乗艦できる場所もない。

 ならば初めから陸上部隊として迎撃に対処させる。


「できる限りのことはした」


 現状、最大限の出来る事をしたつもりだが、それでも不安要素は多い。


「上手くいってくれよ」


 佐久田は願った。

 だが、願うばかりではなかった。

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