救難作業

「勝ったのか」


 洋上を漂流していた松本は大和と武蔵が反転し引き返していくのを見て呟いた。

 戦闘の勝敗は、残った者が勝者で、逃げ去った者が敗者である。

 かつてユトランド沖海戦で勝敗を聞かれた東郷元帥はそう答えた。

 確かに明確な勝利といえた。

 大和以下、沈んだテキサス、ライオンも含め、艦隊、国連軍の目的は船団の防衛、北日本の突入を防ぐ事である。

 武蔵の突入を防ぎ、反転させたことで松本達の勝利、戦略的目的は達成された。

 米英の戦艦二隻を撃沈した事で北日本は勝利を宣言するだろうが、戦略目標を達成できなければ勝利ではない。

 かつてのユトランド沖海戦のように戦果が大きくても、自分が有利になるよう状況を変えられなければ意味はない。

 北日本は稚内の包囲を破る事が出来ず、北日本軍主力の救援にも失敗した。

 彼等は近々壊滅するだろう。

 これだけで松本達は勝利したと言えた。

 その勝利に多少は貢献できたことが松本には嬉しかった。


「さて、どうしたものか」


 漂流しているパイロットを救助してくれるかどうか松本は疑問だ。

 軍は、人命救助に熱心でないことは先の大戦で分かっている。

 敵の追撃を行うこの瞬間に、わざわざ救助のために部隊を割くとは思えない。

 警察予備隊に入隊した後、サバイバル訓練は受けているが役に立つかどうか。


「うん? ヘリを飛ばしているな」


 大和から多数のヘリが発艦していた。

 ヘリ達は周囲に散らばっていき、その内の一機が松本の上にやって来た。

 そして高度を落とし松本の真上でホバリングすると、人が松本の近くに飛び降りてきた。

 派手な水柱を上げたあとすぐに飛び降りた隊員が顔を出した。

 そして、松本の位置を確認すると、素早く泳いで近くに寄ってきて尋ねてきた。


「大丈夫ですか、所属と氏名は言えますか」


「ああ、警察予備隊航空集団、三等警備正の松本強だ」


「大和飛行隊、救難員の大野です。助けに参りました。もう少し頑張ってください」


「わかった」


 大野は手早くエバックハーネスを松本に取り付け、ヘリから降りてきたホイストに結びつける。

 準備が終わると合図を送り、ヘリに吊り上げてもらって収容した。


「狭いですが我慢してください」


 四人乗り、しかも操縦席にパイロット二人と救難員の大野がいるため、実質一人分の余裕しかない。


「いや、大丈夫だ」


 だが、松本に取っては収容されるだけでも有り難い。

 そのまま、見捨てられるよりマシだ。座席に座った時には安堵の溜息が出てしまったほどだ。

 部下には見せられない姿だが、それだけ死の恐怖が目の前にあったのだ。

 松本を乗せたヘリは大急ぎで、大和に引き返す。

 多数のヘリが同一方向へ発艦するため、上空で待たされた。

 だが直ぐに着艦許可が降り、かつてクレーンがあった箇所をフライパスして後部の飛行甲板へ松本を乗せたヘリが着艦する。


「む……」


 ヘリから降りると、砲煙の匂いが松本の鼻腔を刺激しうなり声を上げた。

 既に海戦は終わっていたが、乗員達は警戒は怠らず、艦内は緊張感が漂っていた。

 だが、それでも大和には異様な美しさがあった。

 飛行甲板の直ぐ目の前にある三番砲塔、四六サンチ三連装主砲が禍々しくも、その力を誇示するように高々と砲身を空に向けているのは力強く誇らしい。

 激しい砲撃戦を物語るように、砲身からは刺すような熱気を松本は感じ、砲身の回りの空気は熱で揺らいでいた。

 その姿に松本は魅入られ、乗員に促されるまで呆けてみていた。


「少佐、いえ、三等警備正、急いで此方へ」


「済まない。見とれていた」


「申し訳ありません。武蔵が離脱したとはいえ、まだ戦闘の可能性があります。先の海戦でも損傷した箇所があり、ここも危険です。せっかく乗艦して頂いたのに、碌にご案内できないのが心苦しい」


「損傷は気にしないよ」


 むしろ向こう傷、激戦を戦い抜いた勲章のようで、頼もしい。

 勿論、乗員に死傷者が出ているのは松本にも分かる。

 それでも、損傷が、破孔から出る煙が大和を彩るアイテムのようで美しさに花を添えていた。

 暫し、見ていたいが乗員の言うとおり戦闘配置中だ。部外者が甲板にいては迷惑だ。

 松本は直ぐに艦内へ降りていった。

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