稚内沖海戦終結
「武蔵、反転離脱します」
「どうしたのでしょうか」
大和艦内でも急な武蔵の反転撤退に戸惑っていた。
「撤退命令が出たんだろう」
唯一、佐久田だけが政治的理由からの撤退を思いいたった。
軍事的合理性がない場合、政治的理由を探った方が答えが出やすいからだ。
事実、佐久田の推測は当たっていた。
「猪口提督に助けられたな」
同時に猪口の考えも読めた。
南日本が生き残れるよう、決してアメリカの言いなりにならないよう、驚異としての武蔵を残すことで、大和の価値を、南日本の価値を高めようとしてくれている。
船団へ突入しないことが何よりの証拠だ。
佐久田は猪口の決断に感謝した。
「長官、追撃しましょう」
血気盛んな乗員が意見具申する。
武蔵に対抗できるのは大和だけ、しかも損傷している。追撃して撃沈できる機会はそう多くない。
今が絶好の機会だ。
「いや、追撃はなしだ」
だが佐久田は中止を命じた。
「どうしてですか」
好機を見逃すことに戸惑い、中には怒りを向ける乗員さえいる。
彼等に向かって佐久田は理由を説明した。
勿論、猪口の意志を伝えることはない。
公言すれば猪口の思いを無にする。
しかし、他にも理由があり、そちらを伝える。
「我々の作戦目的、大和の任務は稚内攻略の支援だ。攻略に必要な船団を守り切ることであって、武蔵の撃破ではない。ここで追撃して武蔵を撃破しても、稚内の攻略、上陸船団が壊滅したら作戦は失敗だ」
珊瑚海海戦、ミッドウェーなど作戦の目的が実行中に二転三転して有耶無耶になり失敗した例は多い。
その二の舞を踏まぬよう佐久田は当初よりの作戦目的の完遂をめざした。
「ではどうして武蔵と戦ったのですか」
「武蔵が船団突入を試みたからだ。武蔵による船団撃滅を防ぐ為に海戦を挑んだからに過ぎない」
背後の五個師団を上陸させ支援している船団を守る事こそ、稚内攻略作戦の根幹。
彼等を武蔵から守るのが大和の任務だ。
「武蔵が撤退した今、我々は作戦目的を完遂した。このまま追撃して撃沈している間に新たな敵が来たらどうする」
「しかし……敵を撃滅する好機をみすみす」
「既に、テキサスとライオンの二隻を我々は失っている。他にも水上艦艇が多く撃沈された。ここで、大和まで戦線を離脱することになれば、武蔵の反撃で大損害を受けて呉に帰ることになれば稚内にいる国連軍は戦力が大きく損なわれる。それに」
「それに?」
「敵の雷撃が心配だ」
拙い攻撃だったとはいえ、敵も雷撃できる機体を揃えている。
樺太近くまで接近して襲撃され大きな被害を受けたら撃沈される可能性もあり得る。
「しかし、連中の戦艦は武蔵が最後です」
「とも限らない、我々の任務は稚内攻略の支援だ。武蔵撃沈は機会があればの話だ。稚内沖に戻れ」
佐久田の命令で大和は稚内に戻ることになった。
この決定は一部の乗員や幕僚から不満が出た。
しかし、直後のタス通信の報道により、佐久田の正しさが証明された。
ソ連が、極東情勢の悪化とソ連への飛び火を警戒し、北洋艦隊に配備されているソビエツキー・ソユーズ級二隻を北極海経由で回航すると発表した。
到着予想は最短で一ヶ月。
もし、到着時点でソビエツキー・ソユーズ二隻が参戦すれば対抗できる戦艦は大和一隻のみとなる。
もし武蔵撃沈のために、追撃し損傷していたら、対抗できる戦艦はゼロとなる。
アメリカも対抗する為に大西洋艦隊のテキサス級二隻を太平洋に回航すると発表したが、此方はホーン岬か喜望峰回りとなるので、最短でも三ヶ月はかかる。
時間的な余裕がない。
この事態にGHQも大和温存を決定し、稚内攻略後、損傷の修理と補給の為、横須賀に戻ることを許可した。
「まあ、妥当な事だな」
佐久田は、予想していたように言う。
「あとは空母機動部隊に任せて、大和は修理のために横須賀に帰投する」
武蔵撃沈は望み薄だと佐久田は思った。
樺太に近いため、北日本空軍援護が期待出来る。
しかも最新鋭ジェットのMig15が主力だ。
空母のパンターでは、性能面で太刀打ちできず、逃してしまう可能性が高い。
それが、一番の望みだ。
国連軍上層部は渋い顔をするだろうが、日本にとっては、良い事だし、猪口の望みも叶う。
実際、機動部隊から準備の整った攻撃機が発進したが、武蔵上空を北日本の戦闘機が飛び交い攻撃出来ず、出来ても武蔵の回避行動で一本の魚雷も当てられなかった。
しかし、最早佐久田には関係の無いことだった。
佐久田には大和を横須賀へ帰還させる任務があった。
「だが横須賀へ帰還する前に一仕事するぞ」
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