松本と野中の対面
「まさか、こんなに早く救難されるとは思わなかった」
エレベーターで格納庫に下ろされ――ラッタルでの移動は難しいと判断した大和側の好意で載せてもらい、艦内の医務室に連れて行かれた松本は呟いた。
先の大戦では、乗員は消耗品だった。
救助など殆ど行われなかった。
偶然味方と出会い、救助される機会を願うのみだ。
海軍は、多少は救助を行っていたそうだが、飛行艇を配備していたからこそだ。
装備のない陸軍は、海軍さんが、気を利かして出してくれなければ、そのまま放置。
海難飛行艇などという装備がないために、あるいは保有しようとも考えず、捨てられていた。
米軍は特殊技能者であるパイロットを救助しようと努力していたというのに大きな差だ。
だが、時代を経て、新しく作られた海上警備隊では米軍の考えが入ってきたのか、日本も変わった。
ヘリが導入されて、救助が簡単になった事も大きいだろうが、パイロットには有り難い変化だ。
「慎重に運べ」
「大丈夫だ。自分で歩けるわ」
松本が治療を受けている間にも、新たなパイロットが運ばれてきた。
だが松本は驚いた。
彫りが深く、目眉が切れ長の美形パイロットだった。
海軍士官は端正な顔立ちの人物が多いと聞くが、彼は次元が違っていた。
べらんめい口調でなければ映画の役者だと思っていただろう。
その切れ長の瞳が松本を捕らえると、彼は松本の元に歩み寄り、丁寧に尋ねてきた。
「失礼ですが、戦闘機乗りの方で?」
「ええ、落とされてしまいましたが」
「我々が武蔵に雷撃する為に援護してくださいましたか」
「ええ、最後は守り切れず済みません」
雷撃を成功させた後、無事に離脱刺せる事が出来なかった事を松本は悔やんでいた。
だが、雷撃したパイロットは頭を下げた。
「いえ、とんでもない。部下達が無事に脱出出来たのは、貴殿の援護あってこそ。無事に生かして返すことが出来ました」
「大げさな」
「いや、大げさじゃあ、ありません施設には。こいつらの帰りを待っている子供達がいるのを思い出し、連れ帰らなければ、と思いました」
はじめこそ、魚雷を叩き込む事だけを野中は考えていた。
魚雷を放った後は、先の戦争で逝かせてしまった桜花隊員の後に続き、体当たりを敢行するつもりだった。
だが、出来なかった。
自ら設立した施設にいる子供や、おっかさん達――特攻隊員の遺児や残された親御さん達を野中は迎え入れており、部下達も一緒になって世話をしている。
野中は、彼等、彼女らを隊員達との約束通り、家族のように面倒を見ていた。
終戦後から五年間は十分に身内としての思いが深まるだけの時間だった。
もし、自分たちが死ねば彼等も悲しむ、再び戦争で親しい人を失う思いをさせて仕舞う。
思い上がりかもしれないが、野中は、生きて帰ろうと操縦桿を引き、武蔵を飛び越えた。
だが、ミグに捕まり撃たれて、ダメだと思ったとき、松本が間に割り込み、助かった。
「露助に撃たれてもうダメだと思ったところ、助けて頂いたお陰で脱出出来る時間が出来ました。厚く御礼申し上げさせてもらいます」
大げさな言い方だったが、嫌みもなく、純真な言葉で松本は好感を持った。
「あなたの名前は」
「申し遅れました。海上警備隊航空集団、野中組の野中五郎であります」
正式な部隊名を名乗らず、自称を堂々と言うところに松本は好感が持てた。
部下らしい搭乗員達も野中組という言葉に誇りを持っているようだ。
のちに施設の事を聞いて更によく思えた。
日本に、まだこんな人間がいるとは思わず、胸が熱くなった。
こういう人間の事を息子に伝えねば。
漫画で変な描き方をするかもしれないが、このような人物こそ伝えねば。
武蔵の船団突入を防いだことを含めて、語り継がねばならない。
だが、彼等の会話は長くは続かなかった。
外から爆発音を聞いて二人は慌てて外に出て、悲劇的な光景を目の当たりにした。
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