帰投命令

「右舷に被雷、浸水発生。傾斜が発生しましたが、注水により復元。しかし吃水が深くなり速力低下」


 武蔵が受けた雷撃は一本だけだった。

 しかし、五〇〇〇トンの浸水を発生させ、武蔵の速力を低下させた。

 だが、被害はこれだけではなかった。


「他にも機関に異常が出ています。現在出力制限中」


 これは戦闘でも、乗員の技量のせいではなかった。

 赫々たる戦果を挙げた武蔵だが、その戦果を挙げるため過酷な戦場を駆け抜けた疲労が蓄積していたのだ。

 武蔵も年老いていたのだ。

 大連の工員の腕は良いが、戦場での酷使を全て修復出来るほどではない。

 戦後すぐに復旧した武蔵の修理は十分ではなかった。

 ましてソ連の要求、一刻の早くアメリカに対抗できる戦艦を復旧させよ、と言われれば工事は切り上げざるを得ない。

 ソビエツキー・ソユーズが就役しても、続々と就役するテキサス級戦艦と軍縮してなお圧倒的な米機動部隊に対抗するため、容易に武蔵をドックに入れられなかった。

 北日本所属だが、後ろ盾であるソ連の意向を無視する事など出来ない北日本は武蔵を洋上に出し続けた。

 そのツケが、機関故障として今になって出てきた。


「現在、発揮できる速力は二〇ノットです」


「艦長了解」


 損害報告を猪口は静かに受け止めた。

被弾するのは戦の常、仕方の無いことだ。

 ましてあれほどの腕を見せつけられては、文句も言えない。

 それに機関故障は、出てしまったのは仕方ない。

 しかし、やる事は決まっている。


「砲撃を続行する」


「了解」


 被雷してもやることは変わらない。

 大和を撃破し、船団に突入して撃滅する。

 それだけが戦争に勝つための唯一の作戦だ。


「艦長! 豊原の最高司令部より命令です」

「……どうした」


 国家主席の居る地下三十メートルに作られた北日本人民軍の最高司令部。

 そこから碌な命令が出たことが無く、猪口も効くのは嫌だ。

 だが、上官であるため仕方がない。


「<解放>が帝国資本主義の戦艦二隻を沈めたことを誇りに思い、人民を代表して感謝する。<解放>は直ちに作戦を中止し大泊に帰還せよ。戦闘の継続は禁ずる」


「馬鹿な船団は撃滅していないぞ」


 全員が不可解に思い戸惑った。

 だが、猪口には命令の意図が読めた。

 北日本首脳部はソ連に対して大きな顔をしたいのだ。

 いくら共産主義が平等を叫んだところで、国家主席とか作って絶対権力を握るような連中は上に登るのに蹴落としあいをしている。

 東側陣営、共産主義国の中でも同じで、ソ連が盟主として君臨し、それを他国は面白がっていない。

 勿論、北日本もだ。

 ソ連軍をバックに作られた傀儡国家でも、ソ連の口出しにはイライラしている。

 南の軍隊が解体されたことを理由に武力統一を求めたが、アメリカとの戦争を恐れたスターリンが許可せず、好機を逃したと言っている始末だ。

 少なくともソ連の事を快く思っていない。

 ソ連も勿論、北日本の考えを分かっているが、退ける事は出来ない。

 なぜなら、<解放>武蔵が居るからだ。

 世界最強の大和型を保有する、二国の内の一つであり、米戦艦を沈めた実績がある。

 だから他の衛星国のように北日本を軽々しく扱えない。

 そして、ソ連太平洋艦隊は、殆どが北日本の赤衛艦隊として派遣されその主力は、大泊とこの海戦で壊滅した。

 そして国連軍の戦力は、武蔵が大和を除いて撃破した。

 ソ連に大きな顔が出来るし、西側も米国と英国の戦艦を新たに沈めた武蔵に注目している。

 それがこの海戦で沈められたら、北日本の名声は地に落ちる。 

 少なくとも戦力ががた落ちになったと見るだろう。

 北日本の首脳部はそれを避けたいのだ。

 作戦が失敗しようとも、結果、稚内が陥落しようとも。

 いや、北日本の首脳は既に稚内を、北日本軍主力を諦めているのだろう。

 国連軍との圧倒的戦力格差を考えれば仕方ない。

 ならば南樺太、豊原だけでも安全を確保したいと考えているだろう。

 そのためにも、世界的に名声が轟いている武蔵を失いたくないのだ。

 だからこそ、この好機を、船団撃滅の前に帰投命令を出したのだ。




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