元帝国陸軍中将 本郷義夫

 本郷義夫は元帝国陸軍中将で、第六二師団の師団長を務めていた。

 第六二師団は中国戦線で編成された守備駐屯用の二線級の兵団であり、中国大陸での大半を警備任務で過ごした。

 しかし、大陸打通作戦に参加を命令され、参加。

 中国軍相手に迎撃、引きつけ役となる。

 最終的に守り抜き、洛陽攻略に参加しこれを落とした。

 しかし、通常の師団より兵力が少ない、通常の師団が三個連隊、九個大隊のところ、二個旅団八個大隊となっている。

 大隊は全て独立大隊で、いずれも兵数が少なく沖縄に配備された時は大した期待はなされていなかった。

 それでも本郷中将は徹底した陣地構築を命じ、部下たちと共に防備を固めた。

 民家の徴収などを禁じたため、作業は厳しいものだったが、本郷中将の人柄――自ら徴収した民家ではなく、作られた防空壕で起居するなど、率先して行動したこともあり、兵士たちは命令を聞き、陣地の強化に努めた。

 しかし、沖縄戦を前にした四五年三月、満州への異動を命じられ、本郷中将は沖縄を離れてしまった。

 その三ヶ月後、残された第六二師団は本郷中将の立てた作戦を元に頑強に抵抗した。


「沖縄戦において最も理想的な防御を行ったのは第六二師団であった」


 のちに沖縄守備部隊第三二軍参謀であった八原はメディアに沖縄戦に聞かれた時、そう答えた。

 それは誇張はあっても虚偽ではなく、第六二師団、ひいては本郷の作戦指導が正しかったからだ。

 後任の師団長藤岡武雄中将も本郷に劣らず優秀な人物だったが、


「前任の本郷中将の周到な指導が徹底されていなければ、あれほどの防御は不可能だった」


 と戦後認めている。

 その本郷中将は満州の関東防衛軍司令官、後に改変され第四四軍司令官として満州の戦いに参加。

 後方配置だったが降下してきたソ連軍を捕虜にして守り切る事に成功。

 また日本人の移送に全力を尽くした。

 だが満州国と満州国軍の裏切りにより、逮捕、抑留された。

 暫くは満州国が拘束していたが、北日本が出来ることになり、ソ連から北日本軍への参加を求められた。

 本郷は当初、日本と敵対することをいやがり抵抗していた。

 だがソ連当局の脅迫、部下へ危害を加える、BC級戦争犯罪人として逮捕、処罰、処刑すると言われ、やむなく北日本軍に参加する。

 そして北日本軍の創設、一通り軍として機能できるだけの組織化が終わると、戦争前に稚内守備隊司令官に任命された。

 前線配備を退けられたのは表向きには年齢があった。

 実際は元帝国軍中将という共産主義者としては帝国主義者の走狗に等しい人物に北日本政府が思想的な信頼を置いていなかったからだ。

 そのため、監視しやす後方、かといって政治的に重要な樺太本土の防衛司令官に起用するのを躊躇い、結局稚内に思想的に忠実で有能な政治士官――軍事的センスに欠けるため監視しか出来ない無能と共に配置された。

 しかし、それが最大の成果を発揮した。


「防御に徹せよ。陣地構築に手を抜くな」


 本郷は着任すると後方だからと言って決して手を抜かず、現有兵力で稚内を守備できるよう防御陣地を構築しはじめた。

 将兵たちは不満を述べ、政治将校たちも苦言を呈した。

 だが、本郷は断固として実行した。


「万が一の時は自分たちだけで戦える様にしておけ」


 中国で碌に補給がなかったこと、太平洋戦争の推移、沖縄戦の結末などを見た本郷は、自分たちの部隊で出来る事は全てしなければ、生き残れないと確信していた。

 太平洋戦争末期、硫黄島と沖縄で有効性が証明された地下陣地を建設し、防御を固める。

 また、弾薬も可能な限り備蓄させた。

 その命令が正しかったことは国連軍の進撃を稚内の奪取失敗によって証明された。

 国連軍の作戦では二日で占領できるはずの稚内が、三日経っても落ちなかったからだ。

 勿論、損害は出ていたが、周到な地下陣地によって最小限に、沖縄戦より低い値で推移していた。


「何とかなったな」


 本郷は、作戦が順調に推移している事に満足していた。

 国連軍の進撃を食い止め稚内は陥落していない。

 本心を言えば、更に兵力を増強して貰い、天塩や浜頓別で迎撃、水際防御ではなく硫黄島や沖縄のような上陸させてから叩く戦い方をしたかった。

 だが、北日本陸軍首脳部が立てた作戦により、南侵を優先したため防御兵力は殆ど与えられなかった。

 本郷は増援を求めたが却下された。

 仕方なく本郷は手持ちの兵力で可能な守備範囲を守り切ることを選択し、陣地構築を行った。

 その考えは正しかったが、十分な守備兵力さえあれば、これまでの戦例からしても上陸作戦さえ失敗させられたであろうという後世の戦史家による指摘は多い。

 だが、現状の本郷の作戦でも国連軍の作戦計画に狂いが生じていたのは事実だった。

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