猪口の回避運動
「うおっ」
魚雷命中の瞬間、ゴルシコフは床からの衝撃に足を取られ、倒れ込んだ。
立ち上がろうとしても連続して衝撃が起こり立ち上がれない。
そのため敵機が目の前を通り過ぎるのを手すりの間から見る羽目になる。
その間にも衝撃は続き、四回目の衝撃でようやく収まった。
だがゴルシコフが受けた衝撃はより大きく、しばし固まった。
「提督、ご無事ですか」
「な、なんとかな」
部下の手を借りてようやくゴルシコフは立ち上がった。
しかし、甲板に立っても傾いている。
「傾斜しているのか」
このままではソビエツキーソユーズと同じ運命をたどってしまう。
「反対舷に注水だ」
「ですが、ここは水深が浅く、着底してしまいます」
「構わない。転覆するより着底させた方が修理するのが早い」
「ダーッ」
ゴルシコフの命令は適切だった。
ソビエツカヤ・イポーンは雷撃を受けたが、早々に浸水が拡大したこと、ゴルシコフの指示が妥当だったこと、建造した満州国北山重工大連造船所の技術者がキチンと仕事をしたのが幸いし、注水装置がまともに作動し、反対舷に注水。
転覆することなくそのまま着底させたため、それ以上の被害はなかった。
「北日本の艦隊はどうした」
安心して余裕が出たゴルシコフは、日本艦隊の様子を部下に尋ねた。
沖合に出ていたが、かなりの被害を受けているハズだ。
あれだけの航空機の攻撃を受けては、ひとたまりもあるまい、と思っていた。
しかし、意外な報告が入った。
「第一艦隊、敵機の空襲を受けるも未だ健在! 回避行動を行っております」
「何だと」
「左舷より雷撃機多数接近!」
「魚雷を投下したら教えろ! 左舷に弾幕を集中、取舵五」
撃墜あるいは攻撃を断念させるために火力を集中させると共に、更に接近された時のことを考えて、回避の準備をした。
猪口の考えは見事当たり、数機が弾幕を前に離れていった。
だが、二機が弾幕をものともせず、迫ってくる。
一機は撃墜したが、残りの一機が射点に入り雷撃を敢行する。
「敵機魚雷投下!」
「取舵一杯!」
当て舵の効果もあり猪口が命じるとすぐに艦は回頭を始めた。
敵機が艦橋正面を飛び去った後、飛んできた方向へ急速に向きを変える。
敵の雷跡が迫ってくるのが目に見えたが、右の海面を後ろに向かって伸びていく。
回避に成功したのだ。
「舵戻せ、取舵五そのまま進む」
回避行動など太平洋戦争以来だ。
しかし、戦争が終わり艦が修理されてからは訓練を怠ったことはない。
巡行の時も寄港国に技量を見せつけるため、航海中も、寄港中も訓練を欠かしたことはない。
旧海軍と違ってオハ産の燃料を潤沢に供給してくれたことだけはソ連に感謝している。
皮肉なことだが。
「右舷より敵機接近! 戦闘機です!」
「舵そのまま!」
回避行動はしない、雷撃機の攻撃に対処する事にした。
戦闘機なら機銃掃射とロケット弾攻撃だ。
連中の攻撃は当たっても平気だ。
銃座が壊されるが、沈みはしない。
必要な損害だとして受け入れる事にする。
実際、数発のロケット弾が命中したが、被害は軽微だった。
猪口も、戦争帰りの部下達も泰然としている。
「ひいいいっっ」
しかし、カーメネフは違った。
初めての艦での戦闘しかも大編隊相手のため、完全に混乱している。
しかも、猪口の回避駆動に目を回している。
「今すぐ逃げろ! 転舵ばかりしていないで敵機のいない場所へ逃げるんだ!」
しかも知識がないため、間違った指示を出す。
まっすぐに進んだら確かに遠くへ行ける。
だが敵機の良い的だ。
攻撃寸前に回避するのが一番避けやすい。
その事を多くの艦が沈むのを見て猪口達は学んだ。
だが、海戦に参加したことのないソ連軍人には分からないだろう。
「雷撃機接近!」
「回避だ!」
「聞いているのか! うおおおっっ」
艦の動きに対応出来ずカーメネフは倒れて手すりに頭をぶつけた。
「失神しました」
「医務室へ運べ」
猪口は嬉しそうに言った。
ようやく静かになったと思った。
敵機の空襲は酷いが、自分の技量を思う存分発揮できる。
喧しい外野がいなくなり、存分に腕を発揮する事が出来ると喜んだ。
「全体的に技量が低いな」
そして冷静に空襲を分析する事が出来る。
「流石に経験者が少ないな」
軍隊の主体は二十代の若者だ。
五年前の戦争で彼等は連日の激戦で技量を上げた。
しかし、戦争が終わって五年。彼等は過程を持ったり、転職したりして軍を去った。
残った者は僅かで残りは戦後に入った新人。
手練れのベテランも残ったが昇進して現場から離れているだろう。
たまに残った手練れが熟練の技を見せつける事があるが、ごく希であり回避可能だ。
手練れの一斉攻撃なら危ういが、散発的なら猪口でも回避出来た。
「何とかなるな」
実際、何とかなった。
弾薬を使い果たした攻撃隊は、攻撃を中止して母艦に向かって引き返していった。
猪口は再びの空襲に備えるよう命ずると共に、ゴルシコフに向かって行動の自由を求めた。
この状況では、艦隊を大泊に残すのは危険だ。
ならば、安全な海域へ逃げる必要がある。そのための行動の自由を猪口は求めた。
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