攻撃中止命令

「見えた信濃だ」


 大泊から一時間ほど飛んで南山は飛び立った信濃を見つけた。


「気を付けて着艦しろよ。甲板が斜めだから、最終旋回を遅めにして着艦する時の修正を忘れるな」


 信濃は米軍指揮下の時、イギリスで発案されたアングルドデッキ、斜め着艦甲板の試験艦に指定された。

 着艦を斜めに行う事により、前方に発艦スペースを確保し発着艦を同時に行えるようにするというものだ。

 当初は斜めになるため着艦が難しくなると考えられたが実地試験の結果、五度から六度までは影響が少なく、パイロットの負担は軽く良好だった。

 それ以上に、斜めに侵入するため駐機スペースが進路上にない、着艦に失敗しても斜めなのですぐに海に出られる。

 そのため駐機スペースに先に着艦した機体群に突っ込む心配が無くなりパイロット達に歓迎された。

 運用側としても未熟なパイロットが駐機スペースの機体に突っ込む事故による損失がなくなるのが嬉しかった。

 早速、他の空母でも取り入れられ、運用上の効率が上がった。

 信濃の巨体もあり、米軍は洋上の航空基地として活用しようと信濃を徹底的に改造し、使っていた。

 それは海上警備隊になっても変わらず、米軍は何かにつけて信濃を頼った。

 日本式の着艦指示灯もそうだ。

 パイロットが自身で機体を正しい位置へ持って行くのは、アメリカの着艦信号士官より確実で正確だった。


『機体に異常なし、着艦せよ』


「了解」


 だが、機体の状態を確認する信頼できるパイロットが見る利点を捨てられず、アメリカ式の教育が施された事もあって併用されている。

 南山も着艦信号士官に機体を、損傷がないか、足とフックが出ているか確認してもらい、着艦する。


「燃料の補給を急げ! 武器も搭載しろ!」


 信濃に降り立った南山は駐機スペースに移り命じる。

 駐機スペースに余裕があるので着艦しつつ再攻撃の準備、燃料補給と弾薬の装填は可能だ。

 だが、整備員は動かず理由を説明する。


「しかし、再攻撃の命令が下りません」


「何だと! 司令部はどうしているんだ」


「分かりません」


「一寸行ってくる」


 南山は直ちに奇襲空爆指揮のため信濃に来艦し、艦橋で指揮を撮っていた佐久田に再攻撃を具申した。


「ダメだ」


 しかし、却下された。


「何故攻撃しないのですか。ここで再攻撃を行わなければ真珠湾の二の舞です」


 真珠湾に再攻撃を行わなかった事が、太平洋戦争を長引かせた原因だと考えられていた。


「この後の戦いに禍根を残すことになります」


「それは分かっている」


 佐久田も同感だった。

 当時のハワイ攻撃隊の被害、一割近い損失と被弾――通常の軍事作戦なら指揮官の責任を問われかねないほどの被害だ。

 真珠湾で上がった大戦果を見つつも南雲中将が再攻撃を命じなかったのも損害の大きさを見て動揺したというのも分かる。

 当時の日本機は防弾性能が低く、攻撃に出したら、更なる損害が出かねない。

 しかし、佐久田としては戦争継続の鍵となる工廠設備と燃料施設の破壊がなされていない以上、撃破した戦艦はすぐに復旧されてしまうと危惧し、損害を顧みない攻撃をすべきだった、と考えていた。

 この大泊でもそうだ。

 攻撃可能な日中に何度も攻撃するべきだと考えている。

 特に防弾性能が上がり、何しろ使っているのは防御に定評のある米軍機であり再攻撃を行える状況だ。

 だが出来なかった。


「仕方がない、国連軍の決定だ」


「どういうことです」


「ソ連の参戦を恐れて攻撃しないことになった。ソ連側からの抗議が大きい。中立を損なうなと言ってきているソ連側にも被害が出ているそうだ。それに民間人にも被害が出たそうだ」


「我々はソ連戦も民間人の施設にも攻撃はしていません」


「だがソ連は、商船に損害が出た上、大泊の町でも機銃掃射で市民に死傷者が出たと主張している」


「でたらめではないんですか」


「私もそう思うが、証拠がない。連中は破壊された町の写真を見せているが」


 当初はソ連戦と民間人への損害はソ連側のプロパガンダだと思われていた。

 だが、すぐさま大泊のソ連領事館が戦闘後の町の写真を電送で送り、タス通信が世界中に報道。

 当初こそデマだと訴えた国連側だが実際にソ連の貨物船と大泊の市街地に損害が出ていたし、乗員や市民に死傷者が出ていた。

 ただ、その原因は国連軍の攻撃によるものではなく、反撃した在泊艦艇の放った対空砲火が流れ弾となり降り注いだためだった。

 特に南山達が市街地を低空で飛んできたため、撃墜しようと弾幕を張った結果、市街地に対空機銃が雨あられと降り注いだ。

 早々にソ連当局は事実を知ったが、北日本に反ソ連感情が生まれること、責任追及、ソ連の無謬をいじするため、真実は隠され、国連軍の攻撃による物とされた。


「とにかく大泊攻撃は中止だ」


 佐久田も再攻撃したいが、上級司令部から命じられては不可能だ。


「宜しいのですか」


「十分に戦果もあげたからな」


 他にも、対艦戦闘用に使える魚雷の数が足りなかった。

 在庫はあるが、大戦時に使った余剰品で時間が経っていた。

 その上、精密機械である魚雷を整備する人材が少なく、まともに調整出来ない。

 今回の空襲でも、無理な機動をさせたせいでもあったが、海底に突き刺さったり迷走する魚雷が多数出た。

 残念だが致し方ないこと、精密兵器にありがちなことだった。

 先の大戦のスラバヤ沖海戦で酸素魚雷が調整に失敗して過早爆発した事例もあるし、この後の戦争で採用されたミサイルがことごとく初期故障で信頼性がなかった事例が頻発する。

 いずれにしろ、この手の話は何時の時代も根絶することは不可能だ。


「大泊の艦隊は壊滅した。これで上陸作戦は実行できる」


「敵の戦艦は、まだ残っています」


「だとしても命令だ。」


 佐久田の本心としては攻撃を繰り返したい。

 途中で翻すならやるなと言いたいが、乗り気だったニミッツ率いるGHQの上、国連、いやホワイトハウスの決定では仕方が無い。

 十分な戦果を挙げたこともあり、ソ連を過度に刺激しないことを優先してしまった。


「戦艦を残したまま作戦を実行してうまくいくでしょうか」


「成功させたいものだ。まあ、その前にもう一度攻撃を仕掛けようと思うが」


「何処にです?」


「豊原だ」


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