海洋国家の中立への考え方

 中立国船舶がいるにもかかわらず容赦なく攻撃する国連軍に対してゴルシコフは驚いた。

 国際法、国際政治の現状を考えれば、攻撃するなどリスキーだ。

 だが、艦船攻撃、中立国であろうと脅威ならば排除するのは海洋国家の海軍にとって当たり前の行動であった。

 脅威が存在し、明確にその位置がわかっているならば攻撃する。


 見敵必殺。


 それが海洋国家の戦い方だった。

 敵は勿論、中立であろうが潜在的な敵は、自らを脅かす存在は潰す。

 それが海洋国家の戦い方だ。

 佐久田は原則に従い忠実に攻撃を実行した。

 大泊攻撃は、戦争中の交戦であり一般的に問題ない。

 だが国際法や戦史の中では予防的先制攻撃の例としてあげられることがある。

 予防的先制攻撃は、自国が脅かされる戦力を敵が持っていた場合これを参戦する前に撃滅するという考え方だ。

 実例としてナポレオン戦争時代、ネルソンの三大海戦に数えられるコペンハーゲンの戦いがある。

 イギリスは中立国であるデンマークがフランス側で参戦し、デンマーク海軍が英国海軍に挑む事をおそれていた。

 ならば参戦する前に撃滅しようと考えた。

 勿論、紳士の国であるイギリスはいきなり戦闘はしない。

 デンマークの艦隊が脅威であるので、イギリスで管理させてくれ。

 その間の借用料は支払う。

 と提案した。

 断ったら戦闘で撃破すると言い含めて。

 無茶苦茶な論理だったがタダでさえフランスの港湾封鎖で艦艇数が不足しているイギリスがより不利になるのを恐れての事だった。

 勿論デンマーク側が拒否して、イギリス艦隊が実力行使のために艦隊を編成してネルソンに行かせた。

 ネルソンは見事、コペンハーゲンに並んでいたデンマーク艦隊を撃破し、北方の脅威を取り除き、英国を危機から救った。

 もし、この戦いが無ければ、英国はデンマーク艦隊に対抗するための艦隊を用意せねばならず、少ない使える艦艇が更に少なくなりトラファルガーに艦隊を派遣できなかっただろう。

 その意味でコペンハーゲンの戦いは重要だった。

 トラファルガーの後もイギリスは同じ理由で、ティルジット条約後、ナポレオンがロシアとデンマークの艦隊を分け合いイギリスに対抗しようと提案した情報を得ると、直ちに二度目のコペンハーゲンへの攻撃と艦隊接収を行っている。

 このやり方は変わっておらず、直近の第二次大戦でも、降伏したフランス海軍艦艇が、ドイツ側に奪われ使われることを恐れて、先日までの同盟者、フランス海軍艦艇を攻撃した。

 中立を宣言した相手を攻撃するなど野蛮だが、これが海洋国家、いや二〇世紀以前の国家の考えであり、中立、このあと敵になるか味方になるか分からないなら先に潰せというのはある種合理的な――攻撃された側の恨みを買うことを除けば有効な手段だった

 イギリス海軍が真っ先に攻撃を大泊攻撃を支持したのは、これが理由だ。

 歴史をひもとけば、日露戦争における旅順攻撃も範疇にある。

 もちろん、先制攻撃、予防戦争、攻撃される前の攻撃など第二次大戦以降は認められない。

 だが、古くからの考え方は第二次大戦後になっても健在だった。

 特に合理的思考を持つ佐久田の場合、それが顕著だ。

 武士道や、道義的責任、国際法など様々なことを勘案して、穏便に済ませようとする日本人とは違う。

 徹底的に合理的で前例を重視し、効果があれば攻撃であれ採用する。

 それが佐久田だった。

 勿論、中立国であるソ連船舶への誤爆とそれによって引き起こされるソ連参戦を危惧した第七艦隊司令長官は反対した。

 だが、英国の賛成とニミッツの一言で、国際法に触れない範囲でのみ、中立であるソ連国籍の船舶を攻撃しないことを条件に、大泊攻撃、北日本艦隊を撃滅することを許した。

 純軍事的に、上陸作戦中に北の艦隊が突入してくるのが危険だというのも理由だ。

 上陸作戦中の迎撃も考えられたが、上陸作戦では航空機はその汎用性故に各所から引っ張りだこだ。

 陸上支援で艦船迎撃に回せない事態もあり得るし、夜間に突入し帰還できるだけの距離しか無い。

 とても敵が出撃してから攻撃できる状況では無いのだ。

 そもそも、艦隊による迎撃が出来たならレイテで、沖縄で米軍は勝てたはずだ。

 圧倒的な戦力でも確実に阻止できる保証はない。

 確実性を望むなら、突入前に出来れば泊地にいる段階で敵艦隊を撃滅するべきだ。

 だから大泊を攻撃する考えが生まれたし許可された。

 勿論、ソ連船舶に対する攻撃を行わずに、北の戦艦を撃破出来る手立てが出来た事も大きな理由だった。

 以上の理由から日本軍はいや、国連軍は大泊への攻撃を敢行した。

 結果、ゴルシコフにとっては予想外の攻撃となり、奇襲となった。

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