大泊奇襲の朝

「おはようございます長官」


「おはよう諸君」


明け方に目が覚めたゴルシコフは、艦橋に上がった。

 多くの艦が集結し朝日に照らされるのが好きだからだ。

 子供じみた思いだが仕方ない。

 十年前の大祖国戦争の惨状、大型艦の建造停止とドイツ軍の空爆により祖国の海軍は壊滅状態。

 その後は当然、祖国のために戦ったが、陸軍国ドイツ相手に海軍が戦える戦場は――再建途上で、在籍艦も整備不良で出撃出来ず、まともな艦艇がないこともあり戦いに寄与することは出来なかった。

 陸戦支援の為に河川砲艦で出撃するのはまだマシで、海軍歩兵として陸戦を戦うのは船乗りとして屈辱だった。

 それが、今はアメリカに並ぶ程の艦艇を洋上に浮かべることが出来る。

 大いなる祖国ソ連海軍の復活であり、自分がそれを指揮できることが嬉しかった。


「何か変化はないかね?」


「はい、今朝入ってきたばかりの報告ですが、米帝のB29が豊原に向かって進撃中です」


「此方には来ないだろう」


「はい、まっすぐ豊原に向かっているようです。空軍は迎撃の為に大泊からも防空戦闘機を出しています」


「そうか」


 ゴルシコフは気にしなかった。

 祖国ソ連の船舶がいる限り国連軍が、大泊を攻撃する事はない、と判断していたからだ。

 なので愛すべき自分の艦艇がこれからも無事に洋上に浮かんでいることを喜んだ。

 だが泊地内の艦艇が少ないことに気がつき尋ねた。


「第一艦隊はどうした?」


「訓練の為に沖合に居ります」


 見張りが差した方向を見ると確かに陸地から離れた沖合を航行していた。


「商船の盾もないではないか。空襲が起きた時、撃沈されるぞ」


 それでも良いかとゴルシコフは思った。

 北日本第一艦隊は、先の大戦で主要艦艇を失った祖国ソ連が、冷戦勃発に伴い米帝と対決することとなった為、数を揃えるために旧日本艦艇を集めて作らせた艦隊だ。

 大戦直後なら艦艇が少なかった時代なら有用だった。

 事実、二年前に北日本第一艦隊が行った東アジア巡航は、各地の共産主義勢力拡大に成功した。

 寄港は許されなかったが巡航した南シナ海沿岸、インドネシアやベトナムでは共産党の勢力が増しつつあり、素晴らしい影響力を発揮した。

 癪に障ることだが砲艦外交の有用性を明らかにした。

 だが、鬱積がたまる日々も終わりだ。

 同志スターリンの強力な大海軍建設の指示の元、ソ連海軍の復興がなりつつある今、彼らは不要な艦隊になりつつある。

 むしろ、猪口のようにソ連に口答えをする禄でもない存在になりつつある。

 国連軍に始末をしてもらいソ連が東アジアの共産陣営への影響力を増すための生け贄になって貰うこと、さえゴルシコフは考えている。

 その時、警報が鳴った。


「どうした!」


 突然の警報にゴルシコフは驚いて叫んだ。


「南東の哨戒艇が低空より接近する大編隊を発見しました! 機数三〇〇以上! 敵機です! 大泊に向かっています!」


「どういうことだ!」


「空襲です! 国連軍機が、敵機が向かってきています!」


「誤報ではないのか! アメリカ軍機がここにやってくるわけがない。豊原に向かうのだろう」


 と言っていると、水平線上に点が現れた。その数は増えて行き、雲のごとき数になった。

 鳥の群れ、あるいは雨雲かと思ったが違った、爆音を奏でて接近するのは明らかに航空機だ。

 そのシルエットは徐々に大きくなっていきやがてゴルシコフの目の前にやってきた。

 上空を通過したのは星を付けた飛行機と、日の丸を付けた飛行機だった。

 赤い星を付けた飛行機では無い。


「本当に来たのか」


 ソ連の参戦を嫌う国連軍が、アメリカが、ソ連国籍の船舶が停泊する大泊攻撃してくるはずがない。

 アメリカ海軍が雷撃できないように沖合側にソ連国籍商船を停泊させて盾にしている。

 国連軍が攻撃すれば、ソ連商船は巻き添いを食らい、中立違反、ソ連に対する敵対行為とみなし、大義名分を得て参戦することができる。

 だがソ連も第二次大戦の痛手から回復しておらず、全面参戦はできない。

 それでもアメリカはソ連を過大評価し、戦争をすることを恐れている。

 共産陣営はアメリカの恐怖に付け入れさせてもらうはずだった。

 以上の理由から米軍は大泊を攻撃出来ないはずだ。

 しかし、彼らは実際に目の前で、大泊上空を飛んでいる。

 これは否定できない現実だった。


「威嚇だけでは」


 ゴルシコフは敵機の姿を見てまだ、希望的観測を捨てなかった。

 だが、来襲した日米連合の国連軍は、ゴルシコフの願いを打ち砕いた。

 港を通過した機体は陸上の高台、レーダー基地へ接近し、ロケット弾攻撃を行い破壊した。


「まさか、本当に空襲を行うとは」


 レーダー技術が発展したため、攻撃時は真っ先にレーダー基地と通信基地を破壊する事がセオリーになった。

 レーダー基地が破壊されたのは、本格的な攻撃である証拠だった。

 だが同時にゴルシコフに疑問が浮かぶ。


「しかし、国連軍はソ連が参戦することを恐れていないのか」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る