ゴルシコフの決定

 既に日本各地の港から日本に駐留する米軍と警察予備隊が乗船している情報が猪口達の元に入っている。

 かつて米軍を相手にした経験から、彼等の準備に掛かる時間や部隊の動き掃海部隊や補給部隊の動きから上陸作戦がすぐに行われると猪口は確信していた。

 近いうち、おそらく一週間以内。

 遅くても二週間以内に作戦が開始されるだろう。

 半月程度の洋上待機ならば乗員の疲労は許容範囲であると猪口は想定していた。


「敵が上陸作戦を確認開始次第、直ちに出港、急行し撃破するべきです」


「いますぐ上陸地点へ出撃しないのか」


「上陸地点が不明です。徒に、艦隊を動かしても燃料を浪費するだけです」


 かつての戦争で、ギルバート空襲があった時、連合艦隊は全力出撃した。

 だが、米軍は素早く逃げたため空振りに終わり、燃料不足に陥った。

 そのため、タラワ上陸では出撃できず、米軍に奪われてしまった。

 以後、日本軍は米軍の上陸が確認されるまで艦隊の出撃を禁止した。

 敵部隊が上陸すれば米軍の船団は上陸した島から動けないから確実に攻撃出来る。

 燃料の節約につながり、マリアナやレイテ、沖縄で大きな戦果を挙げた。

 猪口はその事実に従い戦おうとしている。

 艦隊の出撃を見て国連軍は上陸作戦を中断、中止するかもしれないが、それこそ望むべき事だ。

 やる価値はあると考えていた。


「たしかに先の戦争を戦い抜いた戦士の卓見だな」


 言葉は称賛を贈っているが、ゴルシコフの口調と表情は侮蔑、敗戦国の軍人の軍人を見下す態度が見えていた。


「我々は、かつての日本と違い十分な燃料を持っているぞ。燃料の心配をせずとも、安心して艦隊を動かす事ができる」


 赤衛艦隊にはシベリアやオハの油田から重油が潤沢に送り込まれており、少なくとも燃料の心配は無かった。

 しかし、猪口は首を横に振った。


「各艦のタンクを燃料で満たすことが重要なのです。動いて空になれば、敵の上陸があった時行くことが出来ません」


 潤沢な補給体制を整えた米軍機動部隊でさえ、三、四日の作戦行動で燃料切れを起こし、後方へ下がった。

 そこを日本海軍は幾度も攻撃している。

 このままでは同じ事が起きるだろう。

 特に洋上補給の技術に関して、ソ連海軍は沿岸海軍だったため重視していない。

 スターリンが大海軍建設を命じたが現場レベルの意識は沿岸海軍のママだ。

 一々、根拠地に戻って燃料の補給が必要であり、補給中に敵艦隊来襲し上陸すれば好機を失う。


「敵が上陸した時を狙うべきです」


「しかしだな。そんな推測だけで艦隊を移動させられないぞ。しかも想定される戦場から離れてしまうし、上陸船団を攻撃するのに時間が掛かる」


「艦隊が全滅するよりマシです」


「言い過ぎだぞ猪口」


 ゴルシコフが猪口の口を封じるため、解任しようかと考えた。

 しかし猪口は世界的にも有名な砲術の名手であり、解任したら影響が大きい。


「今日は解散だ。敵艦隊を迎撃するため明後日出撃する。準備せよ」


「ゴルシコフ長官」


「くどいぞ猪口、直ちに準備したまえ」


 ゴルシコフは無理矢理、会議を切り上げ命令の実行を命じる


「どうでした長官」


 会議室から戻り内火艇に戻ってきた猪口に副官が尋ねてきた。


「ダメだった。移動もしないし、明後日の出撃も決定だ」


「危険では? 長官の御懸念通り、この大泊で空襲を受ける可能性が」


「その通りだ。だから我々は権限の範疇において、行動を行う」


「では」


「艦隊の訓練の為に第一艦隊は出動する。むさ……いや旗艦<解放>に戻ったら直ちに沖合に出て訓練だ」


 政治士官の視線を感じた猪口は訂正して言う。


「ソ連商船が近くに居ません、空襲の時、盾になりませんが」


「近くに足の遅い商船がいても邪魔だ。回避運動できず、衝突の危険もある。それに」


「それに?」


「商船を盾にするなど、海軍軍人の誇りが許さない」


 猪口の言葉に副官は、笑った。

 これこそが海軍だ。


「私の専門は砲術だが、多少は実戦で回避行動を鍛えた。敵機は避けてやる。各艦に伝えろ」


「了解、艦長」


 艦長と呼ばれて猪口は笑った。

 司令長官と旗艦<解放>の艦長を兼任しているので間違ってはいない。

 だが、長官より艦長と呼ばれる方が好きだ。

 北日本が改名したくだらない艦名ではなく、元の名前で呼べればどれだけ良いか。

 しかし、艦は艦だ。

 この戦争でも指揮できることを、猪口は楽しむ事にした。

 それ以外に、偽りのまやかしの国で軍人をやっている理由などないのだから。

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