猪口の提案

 去年原爆開発に成功したソ連をアメリカは恐れている。

 双方相手を滅ぼすだけの生産数はないが、使用されることを、片道とは言え米国本土を攻撃されることをアメリカは恐れており、直接対決を避けている。

 それでもソ連は共産陣営の盟主として戦争を行う参加国をを支援する必要上、艦隊を送った。

 ゴルシコフが事実上、最高司令官となるとは言え、北日本海軍に入ったのは、ソ連と関係ないことにするためだ。

 表看板は北日本だが事実上はソ連海軍。

 これならば国連軍は攻撃しにくい。

 それでも米軍が攻撃しにくくするためソ連船籍の商船を大泊に多数入港させ、艦艇の近くに停泊させ、攻撃しにくくしている。

 この作戦は上手くいっていると言えた。

 開戦から数日経ているが、樺太の各都市が日本本土から発信したB29の空爆を受けているが大泊には一発の爆弾も落ちていない。

 ソ連参戦の口実を作りたくない国連軍の考えと東側陣営は分析していたが、それは的中していた。


「連中が我々を攻撃する可能性はない」


「しかし、十分とは言えません」


 ただ、使える船舶が少ないソ連では余分な商船や艦艇をそのような任務のために多数を留め置くことはできず、陸側には配備されていない。

 だが、陸側から攻撃しても、誤爆の危険があり、海側に停泊するだけでも十分に効果があると判断していた。


「それに泊地攻撃は日本海軍及びアメリカ海軍の常套手段です」


 太平洋戦争で猪口は何度も泊地攻撃に参加し多大な成果を上げていた。

 洋上を逃げ回る艦艇を探すより、本拠地にいる敵を攻撃した方が良い。

 いや、それ以前の日露戦争では開戦劈頭の旅順攻撃、日清戦争では威海衛の戦いで日本海軍は清国艦隊を攻撃している。

 泊地攻撃は旧帝国海軍の伝統だ。

 旧海軍を受け継いだ海上警備隊ならやりかねない。

 艦隊の存在が分かっているなら攻撃するだろう。

 それは米軍も同じで、ラバウル空襲やトラック空襲など、日本軍の根拠地を攻撃し、手痛い打撃を受けた。

 以上の経験と事実から猪口は航空機による泊地攻撃があると信じていた。


「それに大泊は南東側が海で開けており、接近しやすいです」


 もし太平洋側に集結した機動部隊が夜陰に乗じて千島列島を突破、北海道オホーツク沿岸に沿って北上し、大泊まで接近し艦載機を発進させたなら大打撃を受けることは間違いない。


「ではどうしろというのかね」


「艦隊の安全を確保するため樺太の西海岸、北緯五〇度の線まで移動する事を進言します」


「ソ連国共に近いだけで、何もない場所だぞ。しかも大陸からの風の影響を受けやすく、艦が陸地へ流される」


 ゴルシコフはソ連本土と樺太を結ぶ航路の要となる港を計画していたこともあり西海岸の地理に詳しい。

 しかし調査して分かったことは、樺太の西海岸は大陸の高気圧とそれによる西風の影響を受けやすい。

 西風を遮る地形が必要だが、樺太の西海岸はほぼ直線で遮る岬も半島もない。

 建設するしかないが港の建設、特に大型艦が入港できる規模の軍港建設は大がかりになると判断されていた。

 必要性があればコストを無視して行う共産陣営でも非合理的と判断され断念されていた。

 西能登呂岬が突き出て西風を遮風してくれる大泊に根拠地が建設された大きな理由だ。

 それでも猪口は艦隊の移動を勧めた


「ですが、ソ連に近く、国連軍が手出しをし難いでしょう。それに国連軍が艦隊を空襲しようにもオホーツク海からだと樺太を越えて飛ばなければならないので、攻撃隊を早期に発見し対処できます」


「何も無く洋上を停泊するだけだ。それでは乗員も休めまい」


 かつてバルチック艦隊は寄港地で碌に休む事が出来ず疲労困憊で戦い全滅した。

その二の舞をゴルシコフは演じたくなかった。

 しかし猪口は諦めず進言した。


「敵の上陸作戦は目前に迫っています。一週間以内に国連軍は上陸作戦を開始するでしょう」

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