猪口の懸念と大泊の防備
「何かね? 猪口」
ゴルシコフは不機嫌そうに尋ねた。
赤衛艦隊の下にいる補助軍、第一艦隊の司令長官が上官に口出しするのは腹が立っていた。
下手にソ連の軍人に口答えをすれば、口答えすればシベリア送りもあり得る。
だが、猪口は恐れずに言う。
「敵の上陸が確定していない状況で出撃しても、空振りになる恐れが高く、燃料を浪費します。上陸地点が確定するまで待機しては」
「それでは共産圏の勢力内に米帝を入れて仕舞うでは無いか」
「ですが、米軍の戦力は強大です。下手に攻撃すれば撃退されます」
「我々は圧倒的な戦力だ」
「呉にいる連合艦隊が増援としてくる可能性があります」
旧日本艦艇を米国が呉に集めていることは知られた事実だ。
勿論、ゴルシコフも知っているが重視していなかった。
「整備されているとは聞いているが動くとは思えない」
旧海軍艦艇の一部は呉で整備している。
だが、米軍監視下にあり、実戦で運用されるとは、ソ連海軍内では思われていなかった。
これはソ連人としての偏見、傀儡国を信用してはならない、という考え方からきている。
アメリカもソ連と同様に考え日本に艦隊を与える、まして動かすとは思えなかった。
「しかし、動かす可能性は高いです」
だが猪口は可能性があかぎり無視しようとはしなかった。
彼が率いる第一艦隊は、樺太と稚内で抑留された旧帝国海軍艦艇をソ連式に改装、改名した艦船編成されており、乗員も監視の政治委員以外は旧海軍軍人だ。
第二次大戦で海軍を消耗したソ連海軍は海軍力の不足を補うために旧日本海軍の艦艇を乗員付きで接収して運用していた。
スターリンの唱えた大海軍建設を迅速に実現するため、習得にかかる艦艇の建造技術習得と建造を短期間で済ませるためにも積極的に、旧海軍艦艇と人員を受け入れ、短期間での海軍構築に成功した。
戦力が回復した今は赤衛艦隊が実践運用評価を兼ねて、一時的にソ連より北日本へ籍を移してきた。
ソ連が参戦できないため、一応北日本の指揮下である。
だが、各レベル、特に上級司令部にはソ連出身の軍事顧問がおり、監視は勿論、作戦の許可を下している。
事実上はソ連海軍の指揮下にあるといってよい。
本来ならゴルシコフはこのような艦隊を動かしたくないが、戦力が少ない以上、仕方ない。
しかし、米軍は戦力が多く、日本の艦隊を使うまでもないだろう、とゴルシコフは偏見を抱いていた。
だから旧日本海軍の艦艇を戦力にカウントしていなかった。
「仮に参戦したとしても、十分な艦隊戦力は無いだろう」
国連を名乗る海軍はアメリカ海軍の他、日本や英国を合わせても戦艦三隻に空母数隻だ。
そして戦場は北海道だけではない。
共産陣営が攻め込んだ中国大陸及び朝鮮半島への支援も必要であるから、少ない戦力を更に分割する必要がる。
結果、北海道へ回される戦力は少ない、と判断していた。
そして宗谷海峡周辺ならソ連本土に近く、味方の航空援護も期待出来るため、五分以上の戦いが出来るハズだ。
とゴルシコフは考えており、十分に対抗できると判断していた。
しかし猪口は疑問視していた。
「戦力の集中は戦術上の常識です。艦隊は一つに纏めて運用されるでしょう。特に北海道を重視する米軍は、北海道に艦隊を集中させてくるでしょう」
推測ではなく、アメリカの動きから猪口は確証していた。
そして、絶対に次のような事があると確信していた。
「国連軍はわが艦隊を無力化するためにこの大泊に襲撃をかけてくる可能性があります」
「それはないだろう。港内には多数の中立国船舶が残っている」
艦橋の外には赤地に黄色い星と鎌の旗を掲げた商船と軍艦が、多数停泊していた。
いずれもソ連国籍の船舶だ。
「もし大泊を国連軍が攻撃すれば、ソ連船舶へも被害が及ぶ、そうなればソ連の参戦の恐れ、核攻撃の可能性もある。米帝にその覚悟はあるかね」
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