終戦前後の日本

「何か御懸念がありますか」


 昏い顔のままの牛島を見て佐久田は尋ねた。


「ええ、日本人同士戦うとなると心が晴れません」


 それは佐久田が同じだ。

 特に終戦時、講和を確実にするため、日本軍による鹵獲した原爆投下を決断したのは大きな十字架となっていた。

 上陸したソ連軍を撃破するため稚内の南方に、連山に搭載した米軍から鹵獲した原爆を落としてソ連軍を壊滅させた。

 同時に残存艦艇を使った突入作戦が行われ、ソ連船団全滅させそれ以上の侵攻を防いだ。

 だが、残存ソ連軍はスターリンへの恐怖と原爆被害への無知――この時点で原爆の放射線被害を世界の殆どが知らなかったため――から徹底的に防御を固め、原爆症を発症しながらも陣地を維持し、既成事実を作り上げた。

 こうして、北海道の北の先端、北緯四五度線で日本は米ソに分割統治される事となった。

 スターリンはソ連の寛大さを見せつけるため、アメリカによる日本占領を非難するため、獲得した南樺太共に日本人民共和国、通称北日本を建国。

 しかし直後に米ソ冷戦が始まり、対立状態となった。

 いずれ戦争が起きると、旧軍時代よりソ連を第一の仮想敵としていたこともあり、警察予備隊は創設直後から、北の侵攻に備えて部隊の拡充を急いだ。

 特に、首都防衛の為の第一管区隊と北海道防衛の第二管区隊を同時に作り上げた上、第一管区隊司令官に硫黄島で戦い抜いた栗林元大将を、第二管区隊司令官に北海道で戦い抜いた樋口元中将を任命した事からも力の入れようが分かる。

 それだけ、警察予備隊は北からの侵攻に備えていたのだ。

 海上警備隊も同じだ。

 設備の整った呉、横須賀ではなく、日本海側の舞鶴、北海道に近い大湊に部隊を多く配備する計画としたのもソ連と、北の侵攻に備えるためだった。

 アメリカ側に日本が有力な同盟国、戦力である事を示すためであった。

 だが敗戦による国力が困窮した今、アメリカから援助を引き出すには佐久田達、新生日本軍が、平和主義者の奇怪な論理のため変な名前を冠し、おかしな用語をつかう部隊であっても活用し実力を示す必要があった。

 その機会が回ってきた。

 同時にソ連によって奪われた地域の日本人と戦う事になろうとも。


「私も気が重いです」


 特に佐久田は原爆投下を決断した十字架がある。

 ソ連軍の侵攻を止めるためとはいえ、日本本土に、稚内の南方に住民を巻き込んで使用してしまった。

 侵攻は止まった。

 だが、自国民を巻き込んだ原爆投下は非人道的である。

 ソ連経由で広島と稚内の惨状が知らされた事もあり、日本の左翼から佐久田は糾弾されている。

 アメリカも広島の責任を追及されたくないため、佐久田を積極的に擁護していない。

 ただ理由を、佐久田の決断を是とした日本政府が、庇っているだけだ。

 勿論、佐久田の能力を惜しんだこともあるが、国家のために尽力した人間を庇わないという不義理はしない、降伏した日本政府に残ったある種の美徳がまだ残っていたからだ。

 仕方なかったとして擁護する意見もあったが、佐久田自身が自分を許せずにいた。


「そう、思い詰める必要はありませんよ。あなたは他の人が出来ない事をしたのですから」


 牛島は佐久田を気遣って言った。

 そのあたりのことは、総監就任のさい、米軍との関係を考える上で重要なため、牛島にも知らされており、理解していた。


「ありがとうございます」


 牛島の気遣いに佐久田も少しは気が晴れた。

 なので上官の疑問点を解きたいと思い質問した。


「逆上陸作戦に不安があるのですか」


 北からの侵攻に対して佐久田が作り上げた作戦は稚内南方、天塩付近への上陸だった。

 海岸は広いし鉄道線も近く、上陸すれば旭川に攻め込んでいる北の主力の補給路を寸断できる。

 実行するだけでも大きな価値があると考えていた。


「非常に有効だと思ってます。ただ、相手が、北日本軍ですから。特に稚内の司令官は厳しいでしょう」


 旧軍将校と装備を多く持つのも北日本の特徴だ。

 北朝鮮は旧日本軍将兵を反革命階級として排除している。

 中国共産党軍から日中戦争と国共内戦を戦い抜いた朝鮮系兵士が加わっていたという理由もあるが、満州国と北日本は旧日本軍将兵を採用している。

 日本人の数が少ない為であるが、その分、戦闘能力は高い――無防備な日本や韓国には脅威だが、それでも米軍ならば勝てると判断されていた。

 でなければ日本の再軍備が許されなかっただろう。


「しかし、南進を止める事は重要です」


 牛島は決然とした表情で佐久田に言った。


「稚内の占領は難しいでしょう。しかし最悪でも補給線の切断をお願いします。作戦が成功するように指揮を頼みます」


 最終目標は達成できないだろうが、最悪でも最低限はやってくれ。

 普通なら能力不足だと言われたとして怒るだろう。

 しかし、作戦の困難を理解する佐久田は、当然のことだと受け止め、牛島に応えた。


「お任せください。津軽海峡のシーレーンは確保しております。北海道への補給は万全です」


 先の大戦でシーレーンの維持が問題になった。

 海上護衛総隊を作っても被害が続出したため、日本軍は厳しい戦いを強いられた。

 そのため海上警備隊は本土防衛と共にシーレーンの確保を至上命題としていた。

 特に、北の圧力に晒される北海道への補給路確保は至上命題であり、大湊と余市に基地を建設し最優先で艦艇を整備、八戸と三沢に航空基地を作り航空隊を送り警備していたほどだ。

 予想は的中し、北日本の潜水艦が多数接近していたが、海上警備隊の警備が厳しく、攻撃の機会はなく、国連軍は津軽海峡を悠々と航行することが出来た。


「間もなく、横須賀に大和がやって参ります。これより乗艦し指揮調整に当たります」


「宜しくお願いします」


 全体の指揮は牛島がとることになっているが、警察予備隊全体の指揮を執る必要がある。

 そのため越中島に残ることになっていた。

 前線での指揮は佐久田が洋上より取ることが日米の間で決まっていた。はずだった。

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