越中島 警察予備隊本部

 隅田川河口近くの中州、越中島は江戸時代に旗本榊原越中守が屋敷を建てたため名付けられたとされている。

 海に近いため幕末に講武所の付属機関、水練所が設けられてからは海関係の施設が作られた。

 東京高等商船学校が設立されたのもその立地故だ。

 広大な敷地のため、大戦中は陸軍の糧秣本部が設置され終戦後は米軍に接収され駐屯地となった。

 越中島が一般の歴史に登場する事になるのは、終戦後三年目で発足した警察予備隊の本部が置かれてからだ。

 規模が大きくなるにつれ敷地が手狭になり、旧麻布兵舎、六本木に移るまで、東京高等商船学校の後身、東京商船大学へ返還されるまでの十年間、警察予備隊、保安隊、そして自衛隊の中枢、司令塔として存在し歴史に名を残した。

 特に極東戦争中はここから全ての指揮を行った。


「作戦の詳細案が出来ました」


「ありがとうございます」


 海上警備隊の佐久田警備監が警察予備隊の牛島警察監に作戦原案を渡した。


「ご足労をおかけしても申し訳ありません」


「いえ、合同作戦が行われる予定ですし」


「すべてお任せしてしまって申し訳ない。しかし、あなた以外に出来る人間がおりません」


 佐久田は中国大陸での陸戦経験、開戦初頭のマレー作戦で上陸作戦に関わっている。

 機動部隊に移った後も、機動部隊の任務が米軍の上陸作戦を潰すためだったため、上陸作戦に詳しい。

 そのため、上陸作戦の専門家になっていた。

 今回の作戦立案も佐久田によるものだ。

 旧陸軍の中には不満もあったが牛島の性格もあり、うまくいった。

 牛島は旧軍時代から、これはと見込んだ人物に仕事を全て任せるタイプだった。

 そのため司令官らしくないと言われることもあったが、作戦をことごとく成功させており文句を言う人はいなかった。

 その牛島も顔色は悪い。


「できればもう少し先の予定でしたが」


 牛島は珍しく弱気な愚痴を言ったが、致し方なかった。

 第二次大戦が終わりポツダム宣言に従い、大日本帝国は解体され、旧帝国陸海軍も消滅した。

 しかし、それは権力の空白を生み出す事になった。

 特にソ連を中心とする共産勢力は同じく巨大軍事組織ドイツが消滅したヨーロッパで拡大していた。

 当然日本がなくなったアジアでも拡大していた。

だが米軍は第二次大戦終結とともに急速な縮小が行われており、米陸軍は全世界合わせて総兵力六〇万、最盛期の一四分の一、太平洋戦争開戦期と比べても半分しかいない。

 その内の一部、四個歩兵師団が第八軍として日本に駐留していたが、極東全域をカバーするには到底足りない。

 第二次大戦の戦訓で火力が増強されていると言っても戦力不足だ。

 そこで、GHQが考えたのが旧日本軍の活用だった。

 残存部隊を中心に兵力を再建し、アメリカ軍の一部任務を代替させようと考えた。

 勿論アメリカ国内では反対された。

 しかし、ソ連勢力の急速な増強、特に技術者などの高度な技能を持つ残留日本人を多数有する満州国と北日本の復興、そして旧軍と満州軍は戦後縮小どころか増強が進められていた。

 嫌がる共産中国から朝鮮系で構成される三個師団を核にソ連製装備で拡大増強された北朝鮮。

 何とか揚子江の北側に抑えたものの毛沢東率いる共産中国も拡大を続けている。

 日本駐留の四個師団で対応することなど出来ない。

 全てを出撃させたら日本の防衛も不可能だ。

 以上のような状況から、アメリカは現実路線、日本の再軍備を早々に許した。

 平和主義に染まった国民は逆コースと叫ぶほど反発も大きかったが、中国での内戦と北日本の脅威が大きく報道されたこともあり、日本人は受け入れた。

 また、戦後の混乱で軍がなくなり職が無くなった上、敗戦の汚名を一身に受けている旧軍軍人達の受け入れ先としても必要とされ発足した。

 当初、吉田茂は軍部独裁の再来を危惧して反対するが、ニミッツの説得で賛成に回る。

 それでも、日本政府は最高指揮官から旧軍人を排除しようとした。

 だが、軍事的専門性を持たない人間に指揮させるわけにはいかないとGHQ、特にパットンが反対し、沖縄戦の指揮官であった牛島満が総監として任命された。

 さらに海軍側も、井上成美を総監として海上警備隊を発足。

 呉で連合国管理下にあった旧海軍艦艇の返還と整備を行い、時に米側からの武器提供、米海軍退役艦をスクラップとして日本側に提供し、搭載砲を旧日本軍艦艇に据え付けるなどして、戦力は急速に回復しつつあった。

 人員も復員した者の中から選抜され組織を整えていた。

 その中に佐久田の名前もあった。

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