温存された日本海軍

 終戦後、ニミッツは日本海軍の艦艇の多くを呉に集結させ、整備していた。

 戦争が終わっても米軍の支援により、これらの艦艇は維持されている。

 太平洋戦争で強い防御力を発揮した信濃級空母を初めとする艦艇が温存されており今も動ける。

 当初こそ、軍事費削減の為、即時解体が訴えられた。

 アメリカからやって来たドッヂを初めとする経済顧問団も緊縮財政を勧告した。

 だが軍隊解体による膨大な復員者を疲弊した日本経済が受け入れる余地はなかった。

 彼等が野に放たれれば、生活苦から共産主義に走りかねない。

 できる限り、数年をかけて、行く先のない者を中心に残された。

 特に、専門家が必要な海軍や陸海軍の工廠は特殊法人を作り、温存された。

 接収艦の維持管理の実施名目で、艦艇の保全、時には損傷箇所の修繕さえ行われた。

 駆逐艦や巡洋艦クラスは米軍の余剰が多く、損傷艦は解体されていたが、大型艦を中心に残されていた。

 予算の制限もあり、稼働数は少ないが、極東海域に存在する米海軍の艦艇が少ない現状では貴重な戦力だった。


「しかし良いのですか。呉の旧日本海軍はアメリカでは問題になっていますよ」


 これらの行動は米本国からの訓令、日本の軍備を解体せよ、に反する。


「制限された中で使える兵力温存していただけだ」


 だがニミッツは極東の軍事バランス上必要として頑なに拒み、旧日本海軍の戦力維持を推し進めていた。

 ソ連と対立が深まる状況では、少しでも手駒が、力になる戦力が必要だった。

 しかもソ連がスターリンの号令で大海軍の建設を始め、多数の艦艇を繰り出している状況では、米軍、太平洋艦隊の戦力だけでは劣勢は否めない。

 その点、旧日本海軍は、かつての敵とはいえ、いや強大な敵だったからこそ優秀であり、力強い戦力となると考えていた。

 特に、米海軍の軍縮が行われている状況では、沿岸部の多い極東地域を守るには海軍艦艇が必要だとニミッツは考えており、必要な戦力として、日本海軍艦艇の解体を拒否し手元に置いていた。


「それに彼らはあの日本海軍だ。どれだけ手強い海軍かはよく知っているだろう。何より、日本海軍は一八インチを持っている。そして北にも一八インチがある。対抗する為にも日本海軍は必要ではないか」


「おっしゃる通りです」


 自分の上官を先の戦争で一八インチで失ったことをウィロビーは思い出し同意した。


「勿論、合衆国からも極東配備の全艦艇を出す。日米および英国のの艦隊が東側の艦隊を破ってくれると私は信じている」


 日本の艦隊は米軍からの装備供給で改装がなされており戦力は向上している。

 また、整備も行われており、十分に活躍できる。

 他にも少数だが英国の東洋艦隊が合流しており、ニミッツの指揮下に入ることが決定されていた。


「使える戦力は使わなければ」


 事実、極東で使える戦力は、温存された旧日本海軍しかなかった。

 反対派であろうとこの事実は覆せず、ニミッツの判断を支持するしかないだろう。


「他に君の懸念はあるか?」


「一つ、気がかりが、東側は今回の攻撃は西側の攻撃であり、それを撃退するためにやむを得ず反撃したと」


「浸透戦術を使って後方を叩いた上、旭川に向かって進撃しているのによく言う」


 ソ連、いや共産主義のプロパガンダには飽き飽きした。


「気にすることはあるまい」


「ですが、報道管制と混乱もあり、町に流れる情報は錯綜しています。そのため南が攻撃したという話を信じる市民もいます」


「左だけだろう」


「一般市民にも広まりつつあります」


 G2では日本全土で検閲を行っていた。

 占領行政を避難する文章は勿論だが、世論の動向を把握するため、全ての郵便物を改めており、GHQに対する日本国民の感情を調査していた。

 人権侵害だが占領下を名目に実行され、成果を上げていたためニミッツや民政の文官も黙認せざるを得ない状況だ。


「北の主張を信じて動く人間も出てくるでしょう」


「真実を報道すれば大丈夫では」


「いえ、今のうちに潰さないと危険です。虚言でも千も繰り返せば真実と見誤ります。かつてのナチスがドイツを乗っ取ったようになるでしょう」


「わかった、やり過ぎるなよ。反発されると危険だ」


「心得ています」


 ウィロビーの懸念は当たったが、初めての事態だったために世論の反発を懸念したニミッツの意見に同意してしまい処置は、不徹底な事になった。

 そのため、しばらくの間、極東戦争から半世紀近くは南側から仕掛けられたとの言説が日本で、特に学会を中心に根強く残り、一部の歴史書に明記された。

 のちに情報公開が進むと、トーンは下がったが、開戦時の混乱を理由に、「どちらが先に攻撃したか、未だに不明です」と南が攻撃したことを示唆する文言が半世紀経っても残っていた。

 軍国主義の排除を名目に、左翼の学者を解放してしまい、学会を彼らが占めた――学問より学会での活動を、論文を書くより、赤化を熱心に行うため、学会に出席する率が高いがため学会の要職を奪われた結果だった。

 そのため国連軍に疑問符が付くことになる。

 だがそれは未来の話であり、今ニミッツにとって重要なのはそこではない。


「問題なのは陸上戦力だ。奪い返せるだけの戦力があるか、輸送できるかが問題だ」


 海軍については良く分かっている。しかし陸軍は必要上把握しているが十分ではない。

 それに部隊がいても、戦場まで輸送できるか否か、輸送手段があるかは別問題だ。

 特に北海道は孤立しており、海上輸送力が無ければ、海を渡ることができない。

 他にも補給物資、膨大な兵力を養えるだけの物資とそれを前線まで運ぶ算段が付かなければ、負けは確定だ。


「申し訳ありません、その事に関しては私は答えられる立場にありません」


「いや、構わない。君の分野は情報だ。これは詳しい人間に聞く」


 直後にニミッツの車が皇居前にある司令部に到着した

 車から降りたニミッツは直ちに自分の執務室に向かった。

 そして陸軍側の司令官であるパットン大将と話すことになった。

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