朝鮮半島の戦況

 東アジアの戦後統治を計画していなかったアメリカ故、朝鮮半島の扱いは後手後手に回った。

 ソ連が進出したため慌てて三八度線の分割――具体案を三十分で策定するよう一佐官に決めさせた事実からも、計画がなかったことを示している。

 初めは、旧日本の朝鮮総督府を指揮下に収めることで統治しようとしたが、朝鮮人達の反発、独立したのに日本人が残って統治する事――敗北した人間の統治下にいる事は朝鮮民族のプライドが許さないため猛烈に抗議。

 仕方なく、韓国人の政府を作ったが、統治の経験が無いため大混乱。

 共産主義者の侵入工作もあり、韓国は建国当初より騒乱状態になる。

 そのためアメリカは都合のいい大統領として、アメリカに亡命していた李承晩を韓国に送り込んだ。

 だが李承晩も亡命し続けたため統治能力が無く、威勢の良い弁舌しかない。

 統治能力の欠如は、李承晩の独裁的政策と白色テロによる恐怖政治が行われた事からも見て取れる。

 これに反発する韓国国民は多く、デモや軍隊の反乱、それも連隊規模で起きることが頻発し韓国は安定からほど遠かった。

 それでも求心力と権力維持のため武力による南北統一を李承晩は公言し続けた。

 李承晩の発言から、韓国に重装備を渡したら勝手に北へ侵攻しかねない、とアメリカは判断。

 戦車を含む重装備を韓国軍に与えることはなかった。

 そのため韓国軍は小銃などの軽装備だけでT34戦車さえ保有する北朝鮮軍と戦うことを余儀なくされていた


「だが、その状況を差し引いても、あまりにも韓国軍が弱すぎないか」


 太平洋戦争の日本軍の粘り強さ、性能に劣っている武器を使って効率よく戦う事に長けた軍隊であることを知っているニミッツにとって韓国軍の敗走は信じられない。

 日本軍が異常なほどの継戦、損耗率九割となっても戦い続ける異常な部隊である事は分かっている。

 だが、それにしても韓国軍の敗退は早すぎる。


「編成されてまだ二年しか経っておらずろくに戦えないでしょう。それに……」

「それに?」


 ウィロビーは少々躊躇った。

 呆れ苛立つような事実だ。

 言ったとしたら大抵の人間は信じず、嘲るための誇張、と考えるだろう。

 そして言った自分自身の評価が下がることをウィロビー自身が恐れた。


「言ってくれ、どんなに馬鹿げた事、救世主がソ連を祝福した、と言っても君の言うことなら信じるよ」


 しかし、ニミッツは黙ってウィロビーを見つめ発言を促すと、ウィロビーはようやく答えた。


「奇襲前日は新しくできた陸軍会館の落成記念式典がありました。夕方頃から陸軍首脳部がほとんど参加して大半が泥酔。奇襲当日の未明時も酔い潰れており、まともな指揮ができなかったそうです」


 ウィロビーの話を聞いてニミッツは、前言を翻しかけるほど呆れた。

 いくら出来たてほやほやの軍隊とはいえ、やってることがひどすぎる。


「朝鮮半島は確保することができるか」


 確認の為にニミッツはウィロビーに尋ねた。

 返答はニミッツの予想と変わらない。


「無理でしょう。最新の報告では、ソウル南方を流れる河、漢江の橋が韓国軍により破壊されました。ソウルは間もなく陥落するでしょう」


 ソウルの南方には漢江という韓国有数の大河が流れている。

 北方から侵攻してくる北朝鮮軍からソウルを守るにはこの河に掛かる橋を維持する必要がある。

 しかし、装備優良な北朝鮮軍の侵攻は圧倒的で素早い。

 それでも韓国軍はソウルを守る為、何とかソウルの北方に防衛線を作っていた。

 だが、貧弱な韓国軍は突破されそうだった。

 突破されればソウルは陥落し、そのまま北朝鮮軍は南へ行くだろう。

 その漢江に架かる橋を使われると、あっという間に北朝鮮軍は半島の南に進出してしまう。

 半島を東西に流れる漢江が天然の防衛線として機能させるしか韓国に、北朝鮮の南進を食い止める術はない。

 橋が架かっていては都合が悪かった。

 そのため、韓国軍は北朝鮮軍がソウルへ突入した二時間後にこれらの橋を爆破するべしと命じていた。

 だが開戦の翌日には北朝鮮軍の偵察隊がソウル市内に侵入。

 先遣部隊による威力偵察だったが侵入されたのは事実であり、直ちに爆破命令が下された。

 しかし、北の防衛線では未だ交戦中し侵攻を防いでいる部隊がいたし、彼等への補給と増援、最悪の場合、退路として橋は必要だ。

 一五〇万のソウル市民もおり避難路として橋は使われる。

 特に、市民は開戦しても、求心力維持のため韓国軍が優勢だと李承晩が喧伝していたため、北朝鮮軍が目前に迫って尚、残留する者が多かった。

 この状況で橋を爆破すれば防衛線は崩壊、市民も逃げられない。

 直ちに爆破命令は撤回され、命令書を持った伝令が走った。

 だが、北朝鮮軍が市内に入ったという情報が市民に広がり、南に逃げようと橋に通じる道は市民で一杯になってしまう。

 あふれかえる避難民の一団に巻き込まれた伝令の足は遅くなり、ようやく避難民とともに橋に近づいた。

 その時、前方から轟音と閃光が、伝令の目と耳に飛び込んだ。

 伝令の目の前で橋の爆破が行われたのだ。

 橋の上には大勢の市民がいたが纏めて吹き飛ばされ、亡くなる。

 残りの市民は逃げ道を失った。

 ソウル北方で善戦していた韓国軍も橋の爆破を見て退路と救援部隊の道が破壊され、絶望し戦線を離脱。

 多くの物質と装備を放棄して敗走していった。

 だが橋が失われたため逃げられない。少数が漢江を泳ぎ渡って味方に合流したが、大半は北朝鮮軍に捕らえられ、捕虜となった。

 ソウルの陥落は確実だった。


「韓国軍に出来る事は、上手くいって釜山周辺に防御陣地を建設するくらいです」


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