ウィロビー情報参謀

 ウィロビーはマッカーサーの幕僚、所謂バターンギャングでG2――司令部第二部、情報部門の統括者としてマッカーサーを支えた。

 レイテでマッカーサーが戦死した時は情報収集のために後方に残っていたおかげで辛くも戦死、あるいは捕虜になる事を免れた。

 その後は太平洋の米軍戦力を全て手中に収めたニミッツのもとで働いていた。

 マッカーサーが戦死した後、彼の指揮権を受け継いだニミッツは自身の人心掌握術、出来る限り人事異動はしないというやり方をしていた。

 ニミッツは己のルールに従い太平洋艦隊司令長官を継承した時と同様マッカーサーの幕僚たちをその司令部を可能な限り維持したまま、自らの傘下に迎え入れた

 マッカーサーとは犬猿の仲だったが彼の部下にまで嫌悪感をニミッツは抱いていなかった。

 まだ戦争は続いており、太平洋に展開する陸軍の運用に、彼らの能力がどうしても必要だったという現実的な判断もあった。

 アナポリスに入って以来、海軍一筋のニミッツにとって陸軍の事など殆ど分からない。

 優秀な幕僚、それも陸軍を知っている人間が必要であり、マッカーサーの指揮下にあった部隊を率いるには、マッカーサーの幕僚を抱き込む必要があると判断した。

 ニミッツの目論見は当たり彼らはそれまでの職務を忠実に実行しニミッツの作戦指導を補佐した。

 フィリピン作戦失敗以降の苦しい時期を初めて指揮することになる陸軍部隊でありながら少ない損害で乗り切れたのは彼らの的確な補佐があったからこそだ。

 特にウィロビーは情報将校として優秀で的確にかつ重要な情報をニミッツのもとに常に届けてくれた。

 戦後もウィロビーはGHQに入り極東の情報をニミッツに提供し助けていた。


「もっと証拠を押さえられたら良かったのですが」


 だが今回の侵攻を断言できるだけの証拠を挙げられなかった。


「そう嘆くな。君の警告がなければ私も動揺していた。事前に可能性を伝えてくれた君は十分に優秀だ」


 今回の奇襲を警告したのはウィロビーだ。

 アメリカは太平洋戦争もあって日本に対する情報網は整えていたが、朝鮮半島、満州を含む中国大陸に対する情報源を米軍は持っていなかった。

 だがウィロビーは旧日本軍情報関係者と接触を持つことで、彼らが保有している朝鮮半島及び中国大陸の情報資産を活用し今回の侵攻を察知することが出来た。

 ニミッツはワシントンに侵攻が迫っていることを伝えたが、情報源のないワシントンは自分たちの固定観念、あるいは楽観的な妄想に浸かりきり都合良く無視した。


「しかし、政府を説得するだけの材料を揃えられませんでした」


 警告が現実になっても、事前に防げなければ意味がない。

 情報は集まっていたが、状況証拠ばかりで核心を突くような、いやワシントンを説得出来る材料を得られず、今回の奇襲を許してしまった。

 その事をウィロビーは悔いている。


「もう一度言う、君は十分に優秀だ」


 悔やむウィロビーにニミッツは優しく、だが強く言った。


「今回の事で君への信頼は十分に高まった。今後は君の判断が証拠になる。気にするな。これから戦争をするのだ。迷っている暇はない。君は十分に職責を果たしている。このまま続けよ。これは命令だ」


「ありがとうございます閣下」


「それで詳しい戦況はどうなっている」


「日本と朝鮮半島と中国大陸でいずれも北、東側陣営が同時に侵攻を始めました。侵攻を受けた日本と韓国そして中華民国は必死に抵抗していますが劣勢です。いずれも北の部隊が侵攻し、南は速度の違いこそあれ、後退、撤退あるいは敗走しています」


「まあ、そうだろうな」


 ニミッツは同意した。

 終戦の経緯から誕生したいずれの国もまともな軍備を持っていない。

 傀儡とはいえ、ソ連の支援を受けた北の軍隊に、軍備を制限された南の軍隊がかなうハズがなかった。

 彼らは米軍の支援、介入を前提として作られている。

 前線に米軍がいない状況では後退せざるを得ないのは当然だった。

 南中国は、最近まともになったが、旧日本軍、降伏した支那方面軍の戦技指導と米軍の武器供与の支援があってこそだ。

 出来たばかりの韓国軍など、武力による南北統一を主張する李承晩には重火器を渡していないし、日本の場合は、馬鹿な職員が戦争放棄、非武装を進めたせいで、最低限の兵力さえ無い。

 このような状況をもたらした過去五年間の出来事を、ニミッツは嘆かずにはいられなかった。

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