千歳 天風飛行中隊
『名寄北方で敵が突破! 千歳基地の全航空機は直ちに発進せよ!』
「全員出撃だ! 行くぞ!」
松本一等警備士は自身が率いる飛行中隊、通称天風に属する部下に命じると自らも駆け出す。
駐機場ではスクランブルの号令で整備員がエンジンを回している。
自分の搭乗機F51マスダンクに乗り込み、スロットルを全開にして誘導路に入るとそのまま加速し離陸した。
東の空は明るくなっている。
間もなく夜が明けて視界は良くなり空戦が出来るだろう。
僚機が離陸し、編隊を組んで事を確認し安堵する。
しかし、やるべき事はこれからだ。
『千歳管制より上空の各機へ! 多数の敵機の侵入を確認! 通常の規定は無視! 北方へ進出。南下する敵機を撃墜せよ!』
『千歳管制、こちら天風一番! 指示を了解! 天風は北方へ向かう』
千歳から北方へ。
通常ならはそちらには向かわない。
米ソが勝手に境界線を引いてあり不用意な衝突をさけるため飛行禁止にしている。
だが北が攻め込んで来たのなら最早意味はない。
部下が付いてくるのを確認するとさら上昇し高度を稼ぐ。
2000馬力級のアリソンエンジンを積んだマスダンクが素晴らしい戦闘機だと言うことは南方で幾度も相手をしただけに良く知っている。
まさか、自分が乗るとは思わなかったが。
最初、警察予備隊に航空部隊が編制された時、幹部パイロットとして松本に声が掛かった。
だが説得に来た人間に対して、松本は激怒して断った。
「かつての敵国の飛行機に乗れるか!」
劣勢の中、敵機を撃墜するという意地とプライドで戦ってきたし、敗戦の屈辱もあり、最後の矜持として、かつての敵機に乗ることは断った。
だがこれまでパイロットとしてしか生きてこなかったため、収入の低い行商人しかできず家族を困窮させてしまう。
だが
「父ちゃん自分の信念を曲げずに進むの格好いいからいい、俺は漫画描いて稼ぐから。けど弟だけは大学に入れて技術者にしてくれ」
と自ら受け入れた位だ。
その時は長男に申し訳ないと思うとともに頼もしく感じた。
だが後日、彼らは再びやって来た。
初めは一度口にしたことは翻さないと決めていた強だったが、今度はかつての上官、最初に所属した第四飛行連隊の上官、松本に飛行のいろはを叩き込んだ人がやって来て叱咤されてしまう。
「日本を守る為に戦うのに武器のえり好みをするな! 我々は、先人の方々は維新より日本を守る為に何もかも世界から取り入れて導入し欧米のアジア侵略の中、日本の独立を守り抜いた。優れた物があるなら使わなくてどうする! 使いこなせない理由として言っているのか! それともお前のくだらないプライドが、日本を多くの人々を守るより優先されるのか! 敵の飛行機に乗りたくないとだだをこね、日本の為に戦えないというなら最早お前を男とは思わない!」
それだけ言うと上官は帰っていった。
呆気にとられたが、ここまで言われたら、強でも拒むことはできない。
一晩考え、パイロットとして入隊することを承諾した。
そして、家族に前言を翻したことを詫びた。
「前に言ったことを曲げる変節漢となって済まない。しかし、あそこまで言われては、例え、変節漢と言われようとはせ参じなければ男ではない。済まないが許してくれ」
素直に頭を下げる強に長男は言った。
「言ったことを翻すことは、普通はかっこ悪いことだけど、大事な事、大義のためにならあえて節を曲げ、汚名を被ってもやり遂げる父ちゃん、男で格好いいよ。そんな父ちゃんを恥ずかしいとは思わない」
長男の言葉には助けられた。
幸い給与を今まで以上に貰えるので大学に行けるぞと言ってやったが、
「初めから漫画家として道を行くことを決めて公言したんだ。これは翻さない」
と言って漫画描きを始めた。
それはよいが、変な作品を描かないか心配だった。
復員した時、偶然見つけた不発の二〇ミリ弾を自分で爆発させようとしていた長男だ。
あのときはしこたま叱り、止めさせた。
しょげているのを見て、流石に不憫に思い、復員時、選別として貰った秋水の照準器を渡した。
長男は大層喜び、その日から一心不乱に照準器をスケッチしている。
今では、乗っていた秋水や五式戦のスケッチを新聞の報道写真などを元に描いている。
あの出来事で、おかしな影響がないか心配だ。
描いている漫画が、やたらと劇画調というか、機械を細かく描く上、芝居がかったシーンが多い。
創作なのだからよいのかもしれないが、何かやらかさないか息子の将来が不安だし心配だ。
あの行動力のある息子は何かやらかしそうだ。
漫画を描くのは別によい。
だが出来た漫画が息子だけでなく日本全体が、多くの人間の人生を狂わせそうに感じる。
今からでも進路変更させる、大学に親の強権を使って叩き込むべきか。
だが、ああ言った手前、自分の意志で極めた選択肢を変更させるのは忍びがたいし、自分個人の不安で子供の進路、決めたことを翻させるのはダメだろう。
漫画にそれほど影響力があるとは思えない。
しかし、なんとも言えない強さを、引きつけるものを息子の漫画に感じる。
タダの機械のハズなのに、魅力が、人間的な感情を感じる。
親の贔屓かもしれないが、非常に不安だ。
松本の息子に対する悩みは尽きないが前方に敵機を見つけると、松本はすぐに気持ちを切り替えた。
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