極東戦争
1950.6.25 名寄の北方にて
名寄の北方で彼は見張りに立っていた。
北からやってくるものを通さない。
そのために彼は見張っていた。
このところ北の方はやたら騒がしい
何をしているのか見てみたいが、引かれたラインから北へ入ってはいけないことになっていた。
広島を消滅させた原爆が落とされて焦土と放射能で汚染されている――戦術核の残留放射能は七二時間で悪影響は殆ど無くなるがそのような知識はまだ一般的どころか実証さえない――ということもあったが、一番の理由はかつては同じ国だったが、いまは違う国だからだ。
そして向こうからやってくる連中も誰であれ決して許可無く通してはならない。
配属されたときは亡命者が多かったが、今では殆どいない。
たまに得体の知れない連中、こちらを偵察する奴らを見つけたとき通報し、一個中隊、後方にいる全員が並んで接近しラインまで追い立てる。
数年前までは考えられないとても珍妙で嫌な任務だった。
彼の立場もそうだ。
警察予備隊という珍妙な組織の、一等警査という珍妙な階級を与えられている
持っているものが米軍供与の M 1ガーランドと米軍の軍服であっても彼は兵隊ではないそうだ。
それが戦争を放棄した日本国憲法の産物ということは聞いた。
だが、全くの合理性に欠けることであり数年前まで米軍と戦い続けてきた彼にとってはおかしなことだった
例えば、偵察の連中を見つけても数で示威するのは威嚇射撃さえ許されないから。
数で威嚇するしかないからだ。
他にも様々なおかしなが決まりことが多いが彼と彼の仲間達にとっては煩わしいことだ
決めた連中にとっては平和国家日本の象徴とか思っているようだ。
だが、戦場上がり、実戦で鍛えられた現実主義者である彼にとっては空想上の産物でしかない。
残念なことに彼らが今の上官であり命令には従わなければならない。
戦争で負けたため、軍人に、下士官兵であっても発言権がない状況だ。
だが実戦となれば、そんなクソ面倒な論理や規則は放り投げて戦場の理に従い戦うことを決めていた。
それが今度こそ日本を守り切るためのみならず、自分と仲間の魂、生き残ったことに対する贖罪だったからだ。
その時、何かが動いた気配がした。
「誰何!」
返事は投げナイフだった。
間一髪のところで彼はナイフを避け M 1ガーランドの引き金引いた。
狙いはつけてない。
ただ一発撃つことだけが彼の目的だった。
同時に物陰へ飛び込み牽制射撃を行う。
向こうもバラライカを放ってくるが射撃の間隙を突いて打ち続ける。
ほんの数分だったが数時間とも思えるような長い時間が過て彼の仲間が駆けつけた。
侵入した集団に横合いから駆けつけ、そのまま銃撃。
横から奇襲を受けた集団は、たちまちのうちに倒れていった。
「大丈夫か」
「はい怪我はありません」
隊長に報告し撃ってきた連中を確認しようとした。
状況を確認するためだが必要はなかった。
北のほうで無数の閃光が光ると多数の砲弾が音を立てて降り注いだ。
さらに北のほうから戦車の駆動音も聞こえてくる。
彼らが携行する無線機のスピーカーから早口で状況が通達される。
『連隊司令部より指揮下の全部隊に伝える! 北の部隊は境界線を突破! 繰り返す! 北の部隊は境界線を突破! これは訓練ではない! 各部隊は事前想定通りに対処せよ!』
誤報や演習ではないとすぐに分かった。
撃たれているというのもそうだが平和憲法下にある警察予備隊では戦争をする侵略を受けるなどということは考えられていないのだ
たとえ訓練や想定でもそのようなことは絶対に言わない。
だが最前線に配置された彼らが違った。
「総員戦闘配置!」
隊長の命令で各員が配置に就く。
それきり隊長は黙り込んだ。言う必要が無いからだ。
全員が何をすれば良いのか分かっており、行動している。
自分たちはいざという時、今この時、何故戦わなければならないということを。
数年前守りきれなかった祖国を守るために今度こそ命を賭けて戦わなければならないこと。
そして勝たなければならないことを全員が理解していたし、今度はやり抜くと誓っていた。
味方のために援軍が来るまでの間、少しでも時間を稼ぐために捨て駒になることさえ覚悟していた。
ただ、その覚悟はぐらつきそうだった。
中立条約を破って攻めてきた憎きソ連や今は同盟国だが数年前まで戦っていたアメリカ相手だったら何の疑問もなく戦える。
先の戦争で激戦地で戦ってきたが今更戦いが怖いとは思わない。
むしろ雪辱の機会であり奮闘できる。
だが戦う相手を思うと、米ソではない彼ら相手に、なんでこんなことになったんだと思ってしまう
戦いに負けたからなのだろう。
ならば今度こそ勝たなければならない。
『敵部隊を確認』
見張りの報告の後、すぐに敵を視認した。
敵は戦車を先頭にした機甲部隊。
戦車は T 34他に SU 100を確認。
歩兵が多数いる。
歩兵の顔を見て更に顔をしかめた。
やってくる歩兵がロシア系の白人でも中央アジア系でもなく紛れもなく日本人だったからだ。
越境してきたのは北日本人民共和国軍と名乗る武装部隊だ。
『繰り返す越境してきたのは北日本人民共和国軍! 我々はこれを撃退する!』
「歩兵が来たぞ! 射撃用意!」
「ええい! どうにでもなれ!」
彼はマガジンを再装填し槓桿をスライドさせ構えた。
もう、迷わなかった。
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