モスクワの北山

 タス通信が声明を出す数時間前、北山は北山財閥のモスクワ支店でNKBD――内務人民委員部、ソ連の警察、情報部門でKGBの前身――によって軟禁されていた。

 一応、警察だが、絶大な権限を持っているため、やりたい放題であり、支店の中の備品の一部がなくっていた。

 北山がスイスで手に入れた、ロマネコンティ、特に害虫によって死滅しつつあるヨーロッパ原種ブドウから作られた希少な逸品もだ。


「支払いなく、商品を持って行くのは止めていただきたい」


 しかし、北山は局員達に対して毅然と対応した。


「赤軍が日本と満州に攻め込んだのだ。貴様の祖国は最早お終いだ」


「そうかな。間もなく同志スターリンからお呼び出しがあると思うのだが」


「命乞いのためにか」


「まさか、同志スターリンは友には非常に友好的で献身的だ。苦境で手を差し伸べてくれる方だと私は知っている」


 北山の発言を空元気だと思ってNKVDの局員達は笑った。

 しかし、直後、本当にスターリンの使者が訪れ、北山にクレムリンに来るよう命じられた時は局員達も仰天した。

 そして、彼らを黙って出て行く北山に睨み付けられた局員達は、恐怖を、北山の口からスターリンへの要望が伝えられ、自分たちが銃殺になる恐怖を感じ、備品を元に戻した。

 だが、腹に収めてしまった分はどうしようもなく、彼らは胃に穴が空く苦痛と恐怖に苦しむことになる。

 一方、北山は使者と共にクレムリンに着くと、スターリンの執務室へ連れて行かれ不機嫌な同志書記長と対面した。

 他に出席者はいなかった。

 このような顔をした同志書記長と出会ったら、良くてシベリア、最悪銃殺刑だ。

 八つ当たりされるのも嫌だ。

 しかし、北山は恐れなかった。

 呼び出されると理解していたし原因も分かっていたからだ。


「対日戦が思わしくないようですね」


 図星を指されたスターリンの顔はより険しくなる。

 しかし、スターリンは怒りを抑えて言う。


「国境の要塞が立ち塞がっている。また国内の鉄橋も爆破された」


 ソ満国境地帯はソ連の南下を警戒して建国当時から要塞が建設されていた。

 その要塞群を突破できずにいたし、中には反撃してくる要塞もあった。

 特に北東部ハバロフスクとウラジオストックの間にある虎頭要塞の活躍は凄まじい。

 地形上、国境近くにシベリア鉄道を敷設せざるを得ず、特に河を渡るイマン大鉄橋は日本の要塞から見える程近かった。

 それを日本軍は極秘に配備した四一サンチ自動砲――軍艦と違って設置ならば地面という強固な基礎があるため、重量が嵩む自動装填機構も組み込めるため、配備できた大砲を使って破壊する事を計画した。

 日本陸軍の期待を彼らは裏切らなかった。

 開戦と同時四一サンチ砲はイマン大鉄橋を砲撃。

 ソ連が要塞からの攻撃を危惧してわざわざ遠くへ通した迂回線も破壊し、シベリア鉄道、ウラジオストックへの鉄路を粉砕した。

 その後も、イマン要塞に攻め寄せるソ連軍に対して発砲して撃退した。

 他の要塞でも、各守備隊は防衛を続けた。

 ソロモンからの撤退で南方への兵力転用が少なかったこともあり、比較的武器が整っていた、予め満州国軍が配備され兵力差が少なかったのが原因だった。

 勿論ソ連軍空挺部隊の空挺降下もあったが、国境で足止めされた地上軍との合流を果たせなかった。

 その間に空挺降下を警戒して分散待機していた満州国軍機甲軍の諸兵科連合部隊によって蹴散らされ、後続も満州国軍航空隊によって撃墜され孤立。

 抵抗の末、降伏する有様だ。

 また、臨時に海軍から配備された銀河を装備する飛行隊が、ソ連領内へ決死の攻撃を敢行。

 チタの西側にある鉄橋を破壊し、ヨーロッパとの連絡線を破壊。

 ヨーロッパからの増援と補給路をソ連極東軍は断たれた。

 開戦から四八時間経ってもソ連軍は国境を抜けなかった。

 それどころかハイラル方面に空挺部隊を片付けた満州国軍機甲軍が現れ、装備する五式戦車と五式砲戦車でソ連の攻略部隊ザバイカル方面軍第三六軍を攻撃。

 T34とIS2、ISU122を相手に要塞と協力して撃破。

 勢いそのままにソ連領内へ侵攻シベリア鉄道の分岐点、チタへ攻め込む構えだ。

 後方を寸断される恐れの出たザバイカル方面軍は順調だった内モンゴルからの進撃を中止しチタを防衛するために転進。

 上部組織であるソ連極東軍も慌てて撤退していく様だ。

 何とか防衛した、あるいは奪回できたとしてもヨーロッパからの増援、物資の補給が見込めない状況では、作戦続行は困難だ。

 幾ら、スターリンでもこれ以上の攻撃は命じる事は出来ない。


「これまでの損害に耐えた人民にこれ以上の苦しみを与えるのは本意ではない」


 独ソ戦でソ連の被害が大きい。

 特に、二〇代前半という社会的に重要な世代が八割近くも減っている。

 これ以上の損害を出すわけにはいかない。


「この前の契約は、満州国がソ連に降伏し、代償として赤軍が国内通過を許すというのは今も有効か?」

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