バーンズの意見書

「グルー次官から会って欲しいと連絡がありましたが」


「放って置け、私は忙しいんだ」


 自分の執務室に入ったバーンズは秘書官に命じた。

 グルーの用件は予想が付いている。

 三人委員会、グルー、スチムソン、フォレスタルとその後任の報告をバーンズが無視していることを責めるためだ。

 三人委員会は戦争遂行と戦後処理について意見を調整する国務長官、陸軍長官、海軍長官の委員会だが前任の国務大臣は不在が多く、次官であるグルーが出席していた。

 現在も経験の浅いバーンズの代理として出席していた。

 その会議で天皇制存続の容認を文言に入れれば日本は降伏を受け容れるとのグルーの進言をスティムソンも支持している。

 フォレスタルも指示していたしその後任もグルーとスティムソンの説得で降伏容認派となっている。

 先ほどの沖縄での敗戦――現地軍の休戦だが、攻め落とせなかったのだから敗北も同じだ。

 この事実がアメリカ政府上層部には余程堪えているようで、多くが講和賛成派に回ったらしい。

 だが、合衆国には自分が戦時動員局時代に作り出した最終兵器、原子爆弾がある。

 その原爆を使えば、日本は降伏するしか無い。そして戦後ライバルになるであろうソ連への牽制となる。

 そのために、大統領への意見書を書いている途中だった。


<日本に無条件降伏以外に方法が無いと知らしめるため、日本本土に原爆を投下する事をお勧めします。

 投下の目標は軍事施設のある小倉若しくは長崎、我が軍が敗北した沖縄、そしてソ連軍の進路上にある都市が宜しいと考えます。

 これらは準備が整い次第、原爆の威力を知らしめるためにも速やかに行うべきだと強く主張します。

 パナマへの攻撃により合衆国の戦争遂行能力が大幅に遅延しようとする今、一機の爆撃機で攻撃可能な原爆は日本への有効なカードであります。

 また対立を深めつつあるソ連への有効なカードになるとと私は深く確信しております。

 原爆の使用はアメリカの国益に叶うと信じるものであります>


 爆発の威力が最も効く京都も入れようと考えたが、やめた。

 精神的支柱である京都を失えば戦後日本が反米国家になる事を恐れ、リストから外すよう日本滞在経験のあるスチムソンが強く主張していたためだ。

 スチムソンの高潔な性格に信頼を置いている大統領が決断しやすいように外しておいた。

 パナマが破壊された事が今朝伝えられており、その反撃手段としても、日本を叩き潰す、無条件降伏に至らせるべく、原爆使用の意見書を書き上げる必要があった。


「これを大統領に」


 出来上がった意見書をバーンズは秘書官に命じてホワイトハウスへ持って行かせた。

 戦争の為忙しいが、いやだからこそ、疲れをとるべく、この時間は国務省の執務室で一人きりになるようにしている。


「ふふふ、我が国はスーパーパワーを手に入れた」


 世界最大の軍事力を誇るアメリカ。沖縄戦の敗北とパナマの破壊によって疑問符が持たれている。

 しかし原爆の威力を見せつけることによって世界はひれ伏すだろう。

 広島に落としたが、一発だけではなく、沢山保有している事を証明しなければならない。

 今後対立が激化されると予想されるソ連に対する強力な交渉カードとなる。

 ポケットにある原爆をちらつかせるだけで、相手は、ソ連だろうとアメリカのどんな要求も受け容れるだろう。

 窓の外を見た。

 古代ローマの如き、白い大理石の建物が立ち並ぶ

 相変わらずワシントンは平和な景色だ。

 戦争中を通じて、ワシントンが戦火に晒されたことはない。


「練習機か? ご苦労なことだ」


 空を飛ぶ四機の飛行機が見えてバーンズは味方の航空機だと思った。

 戦線から何万キロも離れた場所であるワシントンにいるのだ。

 敵機が襲ってくる心配はない。

 だから飛行機が自分の方向へ突っ込んできて爆弾を落とし、炸裂してもバーンズは最後まで日本機だという事を認識できなかった。




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