伊四〇二作戦開始
名艦長としての地位が固まってしまったバウアーは新型UボートXXI型の開発に関わることとなり、最初のグループの一艦U二五五三の艦長に就任。
二回の出撃ののち、日本側へ譲渡される事になり、日本側呼称さつき三号の艦長として四四年六月日独合同乗員と共に北回りで日本に向けて出発。
北極海を突破して日本に到達した腕の良い艦長だった。
日本側にとっても非常に価値のある経験の持ち主で日本海軍の潜水艦に関する顧問をしていた。そして今回の作戦で非常に有用な経験を持っているため、参加して貰った。
バウアーとしても米軍の空襲で娘を含む家族を失った仇を討てると見込んで無謀とも言える賭を実行した。
「北極海を通るなんて無茶をしてまで来たのに」
時間が無かったとは言え氷の多い北極海を通っていくなど無謀だ。
氷に閉ざされているし、この艦の安全深度は一〇〇程しか無い。しかも水深はそれより浅い。氷の下を通っていくのが無理な場所が幾つもあった。
だが、本土から目的地までの距離が短く、連合軍の哨戒がドイツ降伏により幾らか緩んでいる海域である。
運良く出撃が夏であったのが幸いした。冬ならば確実に氷に艦ごと閉ざされ遭難だ。
だが潜水艦が暴れ回っているインド洋や中部太平洋に哨戒機を送りたい連合軍はドイツのUボートが粗方降伏するとサッサと対潜部隊を激戦のインド洋と太平洋へ移動させた。
もし、インド洋から出撃しようものなら発見され、撃沈される可能性は高かった。
半ば賭けであった北回りは成功したと言って良い。
それはバウアーの腕によるものであり、彼がいなければ艦は途中で立ち往生し、目的地に到達できなかっただろう。何らかの礼をするべきだ。
「分かりますが命令でして」
中村はバウアーの境遇を知っている。
それでも軍人として命令を逸脱することは避けなければならない。
それはバウアーも理解している。
「その通りだ。我々は命令通りに行動する軍人だ。そしてこの艦は特殊だ。佐久田も言っての通り、軍事を超えた分野に踏み込む」
「はい」
軍人は命令に従い、その領分を超えない範囲で暴れ回ることを期待されている。だが彼はその領分を超えた所に行こうとしている。
そのための技術、技量を得るために訓練してきたし準備も進んでいる。
だが、間違いなく遂行できるか中村は緊張していた。
同時に興奮もしていた。
帝国海軍が未だに経験したことの無い作戦を自分の手で実行する事に。
だから翌日の攻撃に備えるべく準備を進めた。
「この辺りは深海からの波が押し上げてくる。あまり深く潜らない方が良い。大陸棚を超えたら大丈夫だが」
バウアーが言う。このような知識を持っているので非常に助かる。
アメリカ側も油断しているのか、敵艦艇が少ない。
太平洋では戦いが続いているが、大西洋では数ヶ月前まで暴れ回っていたUボートが作戦行動を停止しており、被害は出ていない。
そのため、激戦の続く太平洋への配置換え行われ、哨戒はまばら。
伊四〇二達は悠々と航行することができていた。
そして彼らは予定海域へ到達した。
「攻撃時刻になりました」
「よし、攻撃隊発艦せよ」
中村の命令で伊四〇二は僚艦の伊四〇三と共に浮上した。
浮上すると乗員が素早く艦内から現れて配置に就く。
ハッチが開かれ、中から晴嵐が現れ、整備員によって外へ出されると主翼を展開ていく。
「順調ですね」
「うん」
先任士官が話しかけると中村は頷いた。
確かに順調だった。
敵の本拠地目前とは思えないほど手薄だ。
だが、開戦直後の帝都近海の警戒網を考えると人の事は言えない。
攻撃などあり得ないと、非常に手薄だったことを思い出す。
旧式の潜水艦でも演習で何度も勝ち星を挙げるほどの緩さだった。
だから、日本は窮地に追い込まれたのではないか、と中村は思う。
「攻撃隊発艦します」
周辺は明るくなっていた。だが、目標への攻撃時間は変更できない。指示されたとおりの時間に攻撃隊が到着し攻撃しなければ標的はいない。
これからやるのは事実上の暗殺だ。
敵がやるならこちらもやる。
攻撃隊は大西洋の母艦から発艦して行き、西に向かった。
目標はワシントンDCだ。
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