煌作戦
運河攻撃成功に喜ぶ日本と憂鬱な現実
「総理、第一潜水隊がパナマ運河の破壊に成功しました」
首相官邸を訪れた高木は静かに報告したが聞いた鈴木は久々に喜色満面となった。
「そうか、よくやった!」
練習艦隊司令官としてパナマ運河を見たこともある貫太郎は、どれほどパナマ運河が重要なのか理解していた。
首相就任後は軍からの報告もあって太平洋へ膨大な米軍が展開できるのはパナマ運河経由の船舶輸送によるものだ。
B29の空襲も彼らへ大量の燃料爆弾を届けなければ出来ない。
そのアキレス腱を切断してやった。
「少なくとも一年は復旧出来ないという報告です」
「この戦果を元に上手く講和できそうか?」
「残念ながら上手く行きそうにありません」
高木は首を横に振った。
「沖縄戦の結果でアメリカの議会や閣僚の間に日本と講和するべきだという一派が出来つつあるようです。ですが、どうも米政府内に対日強硬派がいるようです」
政治家なのに、いや政治家だからこそ、言説がぶれることを恐れて趣旨換えすることが出来なくなっていた。
「新任のトルーマン大統領は足下を見られないよう必死にルーズベルトの後継とあろうとしています。前大統領の出した無条件降伏を撤回するのなら、国民の支持を失うと考えて忠実に実行しようとしております」
それは大統領であっても変わらない。
特に、選挙を経ずに就任したトルーマンに懐疑的な人々は多くおり、趣旨換えして支持を失いレームダックになるのをトルーマンは恐れていた。。
「そしてそれを支えているのが新任のバーンズ国務長官です。外交の素人ですが戦時動員局長で辣腕を振るった実力者で、米軍を彼は日本に対していかなる譲歩もするべきでは無いと言っており、二人がいる限り講和派ないでしょう」
「……どちらかを排除すれば講和の可能性があると」
「そうです。そこで例の作戦を実行したのですが?」
「……出来るのか?」
「既に配置に就いております。定時連絡は欠かしていませんから」
「大丈夫なのか? 敵前で通信など」
「現在の所、問題はありません」
二、三日ごとに米軍や商船の通信文のように打電しています。毎日違う文面で異常が無いか確かめる手筈おなっていた。
「実行出来るのか」
「作戦決行地点に向かうという難関は越しました。後は総理の決断のみです」
「分かった。だが、成功しても条件を誤ると不味いことになる」
「誰が大統領になるか、日本への対応がどう変わるか考えなければなりませんか」
「そうだ」
二人とも開戦時の苦い記憶があった。
軍事的には歴史的大勝利を収めた真珠湾攻撃だったが、政治的には大失敗だった。
戦意喪失どころかアメリカの国力の全てを戦争に向かわせてしまう大敗北となった。
現に、日本はアメリカによって追い詰められつつある。
「大統領を暗殺した場合、講和交渉に傾く可能性は?」
「トルーマンは副大統領からの昇任のため、副大統領はおりません。その次の下院議長のサミュエル・レイバーンが大統領になります」
「どのような人物だ」
「テキサス出身の民主党員でルーズベルトのニューディール政策で恩恵を受けた人物です。レンドリースを議会で可決させた実力者であり、彼が大統領になった場合、対日強硬路線を突っ切るでしょう」
「勘弁願いたいな」
「その次の上院仮議長であるマッケイラーです。テネシー州出身の議員で大統領であるトルーマンを理論的な補佐役です。彼も対日強硬派と見て良いでしょう」
「それも勘弁して欲しいな」
「そしてその次は国務長官で閣僚で一番の対日強硬派であるバーンズです」
「やれやれ、殆どが対日強硬派とは酷いことだ」
彼が大統領になったときどうなるか考えるだけで目眩がする。
「その次は財務長官のヴィンソンで、現在の財政状態に関して非常に憂慮しております。これ以上の戦費にアメリカの経済は耐えられないと考えています。戦後のことを考えて今のうちから様々な財務計画を立ております」
「やはりか」
「あれだけ巨大な兵力を送り込めるからと言って支えきれる訳がない。それに対ドイツで勝ってしまった」
「不味いのか?」
「まあ、不味いでしょう。激戦を展開して疲弊したヨーロッパを支える必要が出てくるのですから。アメリカは唯一の戦勝国としてヨーロッパを支援することが必要となっております。特に各国がソ連へ行かないよう。ヨーロッパが共産主義に転向しないよう、今のうちに支援物資を送り込む必要がありますから」
「ソ連の動向が気になるが」
「予想では間もなく仕掛けてきます。今すぐか、遅くとも二月以内にソ連は対日参戦を仕掛けるでしょう。シベリア鉄道の輸送量からして間違いありません」
「そうか」
鈴木はは日露戦争を戦い抜き、日露戦後は反省を込めて生徒達とともに検証したこともあり、シベリア鉄道の重要性を知っている。
ロシアからソ連に変わった今でもそれは変わらず、冬に戦争をしようとすればシベリア鉄道に過大な負担が掛かる。ソ連軍は夏の間に戦争を始め秋には終わらせなければならない。そう考えると、今すぐ宣戦布告してきても不思議ではない。
「……だが、ソ連を牽制できるのは事実上、今はアメリカだけだ。下手に大勢の上層部を殺してしまってはアメリカ政府が混乱し講和交渉どころでは無くなるのでは?」
「その通りです。だからこそ最小限の排除で最大限の効果を発揮する必要があります」
「……難しいことを言ってくれるな」
鈴木はは少し考えてから答え、高木に作戦実行を承認した。
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