ワシントンの衝撃
「パナマ運河が破壊されたのは本当か」
キング海軍作戦部長が報告してきた部下に尋ねた。
ワシントンの統合参謀本部では重苦しい空気が流れていた。
国力が絶大な、いや絶大な故に、物流について彼らは良く知っている。
一千万に近い総兵力を世界中に展開している彼らにとって物流の障害は米軍の機能不全を引き起こす要因であることは理解していた。
その中でもパナマ運河がどれほど重要か、当然の如く知っている。
南北に長いアメリカ大陸において太平洋と大西洋を結ぶ唯一の交通路と言って良い。
特に東部の工業地帯から太平洋へ軍需物資を送り込むのにパナマ運河なしでは、効率が悪すぎる。
交通路はあるが、狭く気象の荒いマゼラン海峡か、暴風が常に吹くドレーク海峡を航行しなければならない。
インド洋経由の方法もあるが、インドネシアはまだ日本軍が頑張っており、オーストラリアを迂回して行かなければならない。
出来るが、非常に重いコストを支払うことになる。
これから予定されている日本本土侵攻作戦に大軍を動員することなど不可能。
いや、現状の兵力さえ補給能力を考えれば撤退が必要となる。
だから、パナマ運河が無事である事が重要だった。
破壊されたのは誤報であって欲しかった。
「……残念ながら事実です」
報告を伝える将校が苦しげに言う。
初めは誤報かと思い、確認の電報を打ったほどだが、各所から送られてくる情報はいずれもパナマ運河が破壊されたことを報告していた。
それも太平洋側、大西洋側共に破壊されたという報告だ。
とても訂正の必要などない。
部下の返事でキングは頭痛が更に激しくなったが、まだ尋ねなければならないことが、さらに頭痛を酷くするであろう報告を聞かなければならない。
「復旧にどれくらいの時間が掛かる」
万が一、パナマ運河が破壊された時の事を想定して、復旧に必要な時間を算出していた。
あくまで想定時のことで実際に掛かる時間はその時にならないと分からない。
「……少なくとも一年以上かかると」
「ガツン閘門でも半年で復旧出来ると聞いていたが」
「想定以上の攻撃範囲でした。ガツン閘門のみならず、他の閘門も破壊されています。しかも、閘門本体だけでなく、基礎部分、ヒンジの部分と水路の底を破壊しており、復旧の為には完全に水を抜き取り、修復工事を行わなければ不可能だそうです」
「ジャップめ」
思わず悪態が出てしまった。
仕方が無いが、まだ悪い報告は続いた。
「また、運河の水を、閘門式のため、水位を上げるためにパナマ運河は人工のガツン湖を設けており、ガツンダムによって水位は維持されていました。そのガツンダムも破壊され復旧する必要があり、時間が掛かります。復旧しても水が溜まるまでどれほどの時間が掛かるか不明です」
熱帯地域とはいえ、降雨が常にある訳ではない。
雨が降らず、水が溜まらない事も考えられる。
事実上、太平洋方面で一年以上、作戦行動が不可能になったと考えて良い。
「パールハーバーの方がまだマシだ」
運河通過中で運の悪い軍艦が巻き添えを食らって沈んだ以外の被害はない。
だが運河の通行が不能になったのは、膨大な補給物資が運べないのは痛すぎる。
パールハーバーが機能不全になっても半年で修復できた。
だがそれはパナマ運河経由で運ばれた物資があってこそだ。
今回はパナマ運河自体が使用不能となった。
幾ら国力が、物量で勝る米国でも、その物資を戦場に送れなければ、意味がない。
「いかがいたしますか?」
「あまりにも重大すぎる。大統領に報告し、指示を仰がねば。代替案の作成と予想される影響を纏めるんだ。ホワイトハウスに向かうまでの三十分以内にな」
「影響は想像を絶しますが」
「分かっている。だが何もしないよりマシだ。曖昧な表現より、推定で良いから数値を算出しろ」
「了解」
だが命じたキングも命じられた士官も、作戦不能である事はわかりきっており、具体的な数値を突きつけられて更に頭痛を酷くすることは間違いなかった。
「報道管制は出来ているか」
「はい、しかし、これほどの被害です。隠し通すのは難しいかと」
「今は日本側と交渉している最中だ。日本に気取られるわけにはいかない。特に復旧までの期間を、作戦行動が不可能になる期間を知られては危険だ。日本側が被害を事実を把握できないよう徹底して情報を統制するんだ」
「分かりました。それと、ニミッツ元帥には伝えますか」
「……伝えざるを得ない。ニミッツ、いや太平洋艦隊の補給はパナマ運河頼りだった。新たに作戦を検討させる為にも、伝えろ」
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