音響追尾酸素魚雷
十隻の第一潜水隊は攻撃終了後、各艦が日本を目指す事になっている。
万一に備え――燃料や機関故障のため救援が必要な時、幾つか会合点を設定しているが、基本は独行だ。
各艦がそれぞれ対処する。
だが、攻撃されているのを見過ごすわけにはいかない。
「攻撃する。魚雷発射管室、魚雷発射用意!」
魚雷で攻撃しても当たらないため、戦略奇襲用に改造される時、雷装を全て排除するプランもあった。
だが、流石に非武装で敵の懐に入るのは、危ない。
存在を隠しての隠密偵察及び輸送なら敵に知られることなく接近できる。
しかし、攻撃、爆撃だと乗員収容時に敵との交戦が想定され危険だとして四門が残された。
そして、ドイツから受け取った音響追尾魚雷を搭載する事で、打ちっぱなし、敵艦に魚雷を向け、追尾させる事ができるため実用的とされた。
このため、輸送潜水艦や給油潜水艦から外付けの雷装を求める声が出て、後日装備した程だ。
「攻撃準備完了!」
「魚雷発射!」
「魚雷一番、二番発射!」
伊四〇〇から音響誘導式酸素魚雷が放たれた。
特に照準は付けられていなかったが他の僚艦を攻撃していた米軍駆逐艦のスクリュー音を探知。
方向を切り替えて行き、見事命中した。
ソナー部分が取り付けられたため、炸薬量が減っていたが、駆逐艦を仕留めるには十分すぎる量だった。
船体の中央部に命中した酸素魚雷は駆逐艦の船体を真っ二つにするには十分だった。
いくら防御に重点を置く米軍艦艇でも切断されてはダメコンなど無意味だ。
「何事だ! 爆発事故か!」
味方駆逐艦が吹き飛ぶのを見て米駆逐艦の艦長は叫んだ。
だが、艦長の願いは新たに仲間の駆逐艦が轟沈したことで潰えた。
二隻同時に事故などあり得ない。
「分かりました! 魚雷です! 日本軍のロングランスです! 僅かに航跡が見えます!」
ソロモン帰りの哨戒長が海面を見て叫んだ。
酸素魚雷でも僅かながら航跡を残す。
それでも淡い水色で海面と区別しにくく見逃しやすい。
だが、彼はかつての所属艦が魚雷を食らった時、その時の乗艦の腹を食い破った魚雷が命中する瞬間、淡い航跡が船体に伸びて爆発するところを見ていた。
それだけに間違える事などない。
「本艦へも接近!」
「回避行動! 全速だ!」
直ちに駆逐艦は全速力で回避運動を行い、当該海域を離脱した。
「魚雷! 方向を変えて本艦に向かってくる!」
「追いつかれるか!」
「……いいえ、連中の魚雷は遅く設定されています」
艦長は安堵から溜息を吐いた。
魚雷の速度が遅いのはソナーの性能が低く二〇ノット以上だと水切り音しか聞こえず誘導不能になるからだ。
だから駆逐艦は二〇ノット以上出せば振り切れる。
他の魚雷に食われることさえ気をつければ大丈夫だ。
だが、酸素魚雷の性能発揮に些かも問題は無い。
「魚雷はどうだ」
「まだ付いてきています」
低速による長射程を生かし、周辺海域を粘着質の如く粘り強く航走し、米駆逐艦に逃走を強い、急速に潜水艦の推定潜伏海域から離脱させ、第一潜水隊への対潜攻撃を防いだ。
「ソナー、敵潜を探知出来るか」
「無理です。水切り音が酷くて、探知不能です」
米軍駆逐艦も二〇ノット以上の速力では聴音は不可能だ。
ようやく酸素魚雷が燃料切れで振り切った時には、かなりの距離を走らされてしまった。
慌てて引き返して捜索を行ったが米駆逐艦達は伊四〇〇型を発見できず、全艦取り逃がした。
「聴音異常なし」
「周囲に艦影なし」
二四時間後、数ノットで潜水航行を続けていた伊四〇〇型はようやく浮上した。
念の為、シュノーケル航行も行わず、発見された海域から離れることを優先した。
だが、この時は浮上しなければならない。
成果を確認しなければならないのだ。
場合によっては、故障機を修理し再攻撃を行う覚悟だ。
「通信が入っています。パナマ日誌です。雨樋が壊れてしまいました。壁にも損傷があって作り替えないとダメだそうです。人手も足りず、半年以上工事を待つかもしれません」
「よし!」
雨樋はパナマ運河の隠語で壊れたと言うことは、破壊成功だ。
壁に損傷、土台部分が破壊されており、再建には半年以上掛かる。
「諸君、成功だ! 我々は作戦を成功させた。パナマ運河は完全に破壊された!」
有泉の声に伊四〇〇の乗員は歓声を上げた。
酒保から酒が持ち出され、酒宴が行われた。
米軍の物流の要であるパナマ運河破壊は日本が起死回生を起こす事が出来ると有泉達は信じていた。
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