パナマへ
「全機付いてきているか?」
「はい、一機も欠けていません」
攻撃隊指揮官である六三一空の高橋少尉は偵察員報告を受けて安堵した。
伊四〇〇型四隻及び伊一二型六隻から各艦三機ないし四機の合計三〇機の機体が発進し攻撃隊を編成している。
潜水艦戦と航空戦の実戦経験者が自分しかいないため少尉でありながら三〇機の編隊を指揮している。
航空の時代だが陸上航空隊や空母艦載機の話であり、潜水艦搭載機のパイロットは少ない。
しかも潜水艦から実戦で発艦する機会は少ないので高橋少尉のような経験のある搭乗員はさらに少ない。
その高橋少尉にしても実戦は数えるほどしか無い。
報国の念は揺るがないが、経験の少ないパイロットにこのような大役をやらせるのは荷が重いと思っていた。
「しかし、パナマ運河破壊は必ず成功させなければ」
パナマ運河破壊。これが現状第一潜水隊が最大の成果を上げられる唯一の目標と言えた。 太平洋と大西洋にするアメリカ合衆国海軍はそれぞれに艦隊を保持している。
しかし、両洋への艦隊配備は戦力集中の原則から外れた処置であり、戦争初期には各個撃破の恐れがある。
古くは日露戦争のロシア海軍が、開戦後旅順の太平洋艦隊を撃滅され、日本海海戦によってバルチック艦隊が遠征終盤で待ち伏せされ各個撃破された先例がある。
そんな事態を避けるため、アメリカはパナマ運河を建設し、両洋の交通を確保し戦時には迅速に合流できるよう備えていた。
その姿勢は戦備にも影響し、一部例外も出始めているがアメリカ海軍の艦艇はすべてパナマ運河を通過できるように設計、運河を通れるように船体の最大幅を三三メートル以下に制限されていた。
それほど便利であり、重要なのがパナマ運河だ。
パナマ運河は標高二六メートルのパナマ地峡を通るため閘門式運河であり、水路を門扉で閉鎖して水を注入することで水面を上げて、上の水位と同じになってから開ける方式だ。
そのため、閘門を破壊されると通行不能になる。
その閘門と関連施設を爆撃するのが攻撃隊の使命だ。
だが不安もある。
晴嵐の航続距離は一五〇〇キロほど。燃料を行きに三分の一、攻撃に三分の一、帰還に三分の一使うと仮定。
攻撃隊の発進地点は余裕を見てパナマ運河から四〇〇キロの地点に設定した。
一度も飛んだことの無い場所で攻撃が成功できるか。燃料を抑えて使えるか高橋は不安だった。
「やるしかないが、まあ、やれるだろうな」
編隊を見ながら高橋は思った。
長い潜水艦生活で腕が鈍っていることを恐れたが、出撃前から潜水艦で搭載機の訓練と作戦打ち合わせを綿密に行っていた。二回の給油の際にも搭乗員が集まり意見交換を行い疑問点を潰している。
そのお陰か編隊に乱れは無い。
「ここまで来たら引き返すことも無いだろう」
第一潜水隊の初出撃である光作戦――ワシントンDC強襲ルーズベルト暗殺作戦は出撃直前、進出地のリンガで中止を伝えられ、本土に帰投した。
ルーズベルトが強固に無条件降伏を迫るため、講和に対する最大の障害と考えられたためだ。
当時から嵐作戦――パナマ運河破壊も作戦案の一つとして出ていたが、敵の中枢に一撃を与える事が出来る、帝都大空襲への報復という意味もあり、光作戦が採用された。
しかし出撃予定日である四月一五日の前、四月月一二日にルーズベルトが突然の死去。
アメリカの外交方針転換の可能性があったため作戦は延期となり待機した。
その後、アメリカの方針は変わらず日本に無条件降伏を求めて来た。合衆国政府は国民との公約を守り、支持を受けるために無条件降伏の看板を下げなかった。
トルーマンを暗殺しても方針は変わらないと判断され、第一潜水隊は日本に帰投が命令され、代わりに嵐作戦が発動され今に至る。
「進路はこれで合っているか」
高橋は偵察員に確認する。
編隊の殆どは二一型だが、隊長である高橋の機と一部の熟練パイロットの搭乗機は航法による編隊の誘導の任務もあるため原型の一一型だ。
高性能のジャイロコンパスを搭載し、正確に攻撃目標へ僚機を導かなければならない。
「はい、間もなく陸地に到着します」
素早く現在位置を計算した偵察員が報告した。
やがて報告通り前方に陸地が見え始めてきた。
「陸地を確認。各機、作戦通り低空飛行で接近する」
奇襲効果を得るために攻撃隊はカリブ海側から攻撃する事になっていた。
またレーダー探知を避けるために低空で侵入する。
攻撃隊は険しいパナマ地峡の山間を抜けてカリブ海へ出て行った。
海上に出ると進路を東にとり海岸線に沿って目的地へ向かう。
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