発進準備
「司令、間もなく発進予定時間です」
「おう」
司令室で飛行長である福永少佐から有泉大佐は報告を受けると通信室に入る。
合流してからは準備の為に丸一日、潜航して待機。夜明け前の発進時間に一斉に浮上して攻撃隊を発進させる予定だ。
その前に現地の状況を知る必要がある。
通信室に入ると、既に通信員がパナマからのアマチュア無線放送を聞いており記していた内容を報告した。
こんにちはパナマ日誌です。本日ここコロンは朝は快晴になりそうです、ただ午後に雨が少し心配ですね。でも窓の囲いは無くても大丈夫です。今日庭の木に登ってきたお猿さんは二三匹、お昼頃には三一匹まで上がってきそうです。虫の捕獲も順調で捕虫器には一〇〇八匹もいましたよ。海の魚も多く集まっています。鳥さん達も今日は多く集まっていますが、ここはのどかなので木に泊まり私たちを警戒していません。花火も上がったら良いんですけど、上げられそうにありません。今日も囲いを付けずに穏やかに過ごせそうです。
受け取った有泉は直ぐに文章を見ながら解読した。
終わるとメモを持って飛行長の福永少佐に持っていく。
「飛行長、現地の本日の状況が分かった。今日の予報は午前は快晴、午後にスコールの可能性あり。気圧は一〇〇八ヘクトパスカル、最低気温二三度、最高気温は三一度まで上昇する見込み。船舶多数入港、航空機が多数いるが警戒態勢にはない。対空陣地も警戒はしていない。運河の周辺には魚雷防御網はない」
アマチュア放送に見せかけたパナマの現状を教える通信だった。
有泉は解読して福永に伝えると命じた。
「作戦に変更なし。決行だ。情報は搭乗員に伝えろ」
「了解しました」
搭乗員に伝えるべく飛行長は向かった。通信員にも、直ちに僚艦に通達するよう命じる。
間もなくアンテナを上げて傍受されぬよう弱出力の無線電話で発進前最後の通信行う事を取り決めてある。
次いで有泉は発令所に向かった。
「僚艦は無事か?」
「はい、他の艦に異常は無いようです」
艦長の南部少佐が報告した。前日、会合してそれ以来潜水して待機している。
以降、各艦は動かずに近隣海域で待機している。
異常があれば聴音器に異常音がもたらされるはずだ。
「準備は?」
「出来ております。潤滑油の予熱作業も進んでおり、何時でも発進できます」
報告を受けて有泉は安心した。迅速に発艦できるか否かが作戦の成否を決める。
飛行機の離陸にはエンジンを暖める必要がある。だが、暖機運転に長い時間を掛けていられない。
そこで潜水艦に予熱する装置を取り付け、エンジンに送り込む事で温め暖気時間を省略する事に成功した。
ただ使用される熱田エンジンはドイツからのライセンス生産で日本では珍しい水冷式であり故障が多い。ちょくちょく試運転を行っているが、本番で無事に稼働するか不明だ
「搭乗員は発令所に整列!」
飛行長の号令が下ると発令所に通じるハッチが開き、指揮官高橋少尉を含む搭乗員六名が入って来て有泉の前に整列した。
敬礼を交わした後、有泉は訓示を始めた。
「この作戦に帝国の命運が掛かっている。戦局は帝国にとって非常に厳しく大きく覆す決め手が必要だ。そのために我々はここに来た。諸君こそ実現してくれると信じている。諸君らだけを送り込むのは心苦しいが、是非とも成功させて欲しい」
簡素だが熱の籠もった言葉で有泉は命じる。
有泉がパナマ奇襲を命じられた時から回天を願い研究を行ってきた作戦であり期待は大きかった。
そのことは訓練をしてきた搭乗員も理解しており、高橋少尉は姿勢を正して有泉に返答する。
「自分らも帝国の為に訓練を重ねてきました。そのために、出撃するためにひたすら耐え続けてきました。司令以下潜水艦乗組員の方々のお陰で我々は出撃することが出来ます。このご恩を果たすべく、必ずや作戦を成功させ日本男子の本懐を遂げます」
彼等の為に長い航海を続けてきた乗組員達は感激し、涙腺が緩みかけた。
しかし予期せぬ乱入者があり、涙がこぼれることは無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます