第一潜水隊
「司令、受信成功しました」
通信室に詰めていた隊付きの通信員が報告した。
「解読は出来たか」
短躯でがっちりとした体格の男。有泉大佐が尋ねた。
普段はヒトラーをまねてちょびひげを生やしているが、もう何日もひげを剃っていないため、顎はぼうぼうだった。
しかし、目は何十日もの潜水艦生活にもかかわらず、活力にあふれていた。
「はい、目標は船舶の航行で相変わらず混雑のようです」
通信員が解読していたのはブラウの記者のパナマ発の署名入り記事だった。
普通に読むとただの記事だが、文章の感嘆符の位置や隠語などで必要な情報を伝えることが出来るようになっていた。
「防御体勢は?」
「後方という事で、あまり厳重ではないようです。他の戦線へ送ったため対空部隊も少なめです」
ブラウの記者は正真正銘スペインのスパイだった。
だが連合側が勝ちすぎないように枢軸側に協力するために、スペインの情報部が枢軸側に情報を流していた。
ドイツ降伏後も連合国が優位になりすぎないよう、スペインの立場が悪くならないよう、日本海軍に配下のスパイを提供していた。
スペインの情報部は日本がパナマを通過する船舶の様子を探り、運河の運用状況を知るために利用すると考えていた。
だが、情報を流したスペイン情報部も思いも寄らぬ作戦を日本海軍は実行しようとしていた。
「さすがに魚雷防御網は残していますが、航路の邪魔にならないよう、動かしているようです。ダムには残してありますが」
「まあ、魚雷を使う予定はないから別に構わないが」
むしろ対空砲が少なくなっていることは有り難い。
航空隊は被害続出で損耗が激しいそうだが、対空砲火を整える為に米軍は後方と目しているパナマからも対空砲を引き抜いているようだ。
彼らの多大な犠牲のお陰で作戦が上手くいくことに司令は感謝しつつ黙祷した。
数瞬の沈黙の後、必要な情報を尋ねた。
「無線傍受の方は? 敵部隊の動向はわかるか」
「この辺りの警戒は薄いようです。船団の航路も遠くにあり、見通し距離の中に敵の通信はありません」
「それはいいな。話は変わるが僚艦からの無線は?」
「ありません」
安堵すると共に有泉は不安になった。僚艦が無事に合流出来るか否かで作戦の成否が決まる。
「今後も無線傍受を頼む。敵味方共にな」
「はい」
有泉は通信室を出ると発令所を経由して艦橋に上がった。見張員に答礼して、周りの海上を見る。
周りには数隻の僚艦が波の荒い太平洋の洋上に浮上していた
「艦長、状況は」
見張りを監督している艦長の南部少佐に有泉は尋ねた。
「はい、集合した各艦は攻撃前の機体点検を行っております。幾つか不調の機体があり、修理中です」
「直りそうか?」
「不明です。万一を考え、クレーンで不調機は搭載位置を四番機に変えています。万が一発進不能でも後続に迷惑は掛けません」
有泉は安堵する。
発進時に故障したら艦の構造上、後続を迅速に発進させるため、投棄しなければならない。
数時間で故障を直せるとしても、この作戦では一分二分の遅れが致命傷になりかねないため、使えない機体は、通常の航空機の倍くらいの予算が掛かる機体でも捨てなければならない。
「給油はどうだ」
「伊一三型は全て揃いました。給油も行っています」
有泉はその報告に安堵した。
伊一三型は航続距離が些か短く、途中で燃料を入れてやらないと日本に帰還出来ない。
一応、前の会合で給油を行い作戦に支障が出ないようにしているが、万が一の事を考えると補給しておいてやりたいのが隊司令としての責務であり親心だった。
「僚艦は?」
「一隻がまだ到着しておりません」
有泉は無理も無いと思った。
広大な太平洋の真ん中、小さな潜水艦が闇夜で合流するのは困難であり不可能に近い。今合流出来た僚艦があるだけでも奇跡だった。
「司令、間もなく給油終わります」
「各艦の艦長を呼ぶんだ」
「後方に船影確認」
見張員の報告に緊張が走る。
「味方の潜水艦です!」
有泉も双眼鏡を持ち出して確認する。船体の上に乗った格納筒、その左横から生えるように伸びた艦橋。間違いなく僚艦だった。
「旗艦に来るよう命じてくれ。作戦会議だ」
合流後、旗艦の司令室に第一潜水隊の艦長十人が集合した。
「皆無事に再会できて嬉しい」
答礼が終わった後、有泉は言った。
日本を遠く離れて二万キロ。
敵に見つからずまた僚艦と再会できたことが嬉しかった。
「さて、敵前のため時間が無い。手短に話そう。攻撃目標の状況は無防備に近い。詳細は書類を渡すが作戦に変更は無い。攻撃は予定通り稼働全機を以て実行する」
「攻撃隊の収容はどうしますか?」
艦長の一人が尋ねた。
「予定通りだ。不時着水させ、パイロットのみ回収。機体は放棄する。パイロットを収容後は各艦、分離して日本に向かってくれ。攻撃後の合流は難しいだろう。一応、合流点は決めておくが、各艦単独で動くように。途中で合流することはまずない。自分たちで日本に帰投することを肝に銘じておくように。他に質問は?」
手を上げる者は居なかった。すでに出撃前に念入りに、それも二年以上前から、この艦の建造中から計画を詰めてきていたのだ。
「では諸君、作戦の成功を」
有泉が敬礼すると艦長達は司令室を離れ目標の状況を記した書類を手にして自分の艦に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます