ブラウ記者の正体とFBIの監視

「何で捕まえないんですか? 奴がジャップのスパイと言うことは分かっているんですよ」


 運河庁長官を取材した記者をカメラで撮影した若いFBIの捜査官が言う。

 パナマ運河はパナマに作られているが条約により運河地帯はアメリカ合衆国に租借されている合衆国領土であり、FBIが防諜の任務に当たっている。

 彼らは枢軸国、日本の情報収集活動に神経を尖らせていた。


「あーワシントンじゃ、ホワイトハウスに巣くっていた日本のスパイ共を一網打尽にしたって言うのに。こんな田舎じゃ手柄を立てるのは一苦労なんですよ。ホワイトハウスの極秘情報を盗み出していた一級のスパイなんて、ここで逮捕できねえ」


 若い捜査官の愚痴を聞いたチーフは苦笑いする。

 多少FBIに長くいる分、伝手があるためワシントンでの捕り物についてチーフは若いのより情報が入っていた。

 スパイが侵入していたのは軍事関係ではなく大統領のスタッフ、主にスケジュール管理部門だ。

 大統領の日程を把握されるのは暗殺の危険もあり、そんな部門でもスパイに入られ情報を流されるのは良くないが、極秘情報を扱う部門では無い。

 大統領のスケジュールは重要だが、今後の作戦目標など戦局を左右するような情報は扱っていない。

 だからこそチーフの耳にも入るほど程度が低いのだが、若いのはそんな事に気が付いていない。

 だが、知ったらさぞかし落胆するだろう。

 なので話題を切り替える。


「中立国であるスペインの報道記者だ。手を出すのは不味い」


「スペインもファシストでしょう。ドイツが降参したから潰せば良いんですよ」


「確かにそれが楽だ。だが我々の仕事は他人の覗き見だ。そのための覗き穴を塞ぐのは良くない」


「奴が覗き穴ですか」


「そうだ。スペインや日本の連中が何を知りたがっているか知るには便利な穴だ。奴が動けば、どんな情報を集めているか見ていれば、分かる」


「なるほど。スパイ野郎を監視するだけでジャップ達が何を狙っているか分かる訳か。しかし、いよいよ本土上陸も目前に迫っている今、ジャップがこのパナマで何を知りたいんですかね。バナナなら連中が占領したフィリピンにもあるのに」


 太平洋の反対側にいある黄色い猿の国日本が遥か後方のパナマの情報を得ようとするのは若い捜査官にとっては不可思議な事象だった。


「だからこそだろう。自分たちの本土に誰が上がってくるか、何人来るのかこのパナマを通る船を見れば分かる」


 パナマは物流の結節点であり太平洋戦線への補給通過地だ。

 パナマを通る船とトン数を数えれば、大まかな戦力の予測が付く。

 物資や装備の輸送先、配備先を見れば、次の作戦に参加する部隊が推測できる。

 その意味でパナマは情報収集に最適だ。


「多少は頭を使うんですねジャップも。しかし、それも滅ぼされれば無意味だ」


「ああ、確かにな。だが、日本が降伏したとしても我々の仕事は終わらない。あの記者も日本が降伏した後は他に乗り換えるだろう。奴を監視する仕事は終わらない」


 若い捜査官は分からないだろうが、中南米諸国にとってアメリカは歓迎されていない。砲艦外交による米国の内政干渉はしょっちゅうある。

 その事に反感を抱いている国は多く、連合国側に付いているが内心はアメリカを歓迎していない。

 国力の差から従っているが面従腹背の状態だ。

 このパナマも合衆国が運河を作るために反対するコロンビアから当時の大統領が無理矢理独立させた。

 そして出来たばかりのパナマ政府から運河の建設権と関連地区の永久租借権を得てパナマ運河を建設した。

 そのためアメリカを恨んでいる国は多い。

 日本軍に密かに協力する勢力が出てくるぐらいに。


「パナマを狙う周辺諸国は多い。どの国が狙っているか見ているんだ」


 あの記者を装ったスパイはスペイン出身でありスペインの情報部に所属している。

 アメリカとスペインの関係も良くない。

 フランコは現実を考えて中立をとっているが、米西戦争でアメリカにフィリピンとキューバを奪われたスペインの対米感情は宜しくない。

 あの記者は英語は勿論スペイン語も話せるので、中南米諸国、親日的なグループに情報を流すことは十分に考えられた。


「分かりました。見失わないようにしっかり監視します」


 ブラウの記者はFBIの監視を受けつつ自分のオフィスに戻った。

 そして後日、約束されていた関連施設への写真撮影と取材を終えると署名入りの電文記事を作り、世界中に発信した。

 勿論、FBIはその中に暗号が含まれていると睨み解析しつつ、受信者が誰かも探し出した。

 しかし、彼等が予想したより受信者は近くにいた。

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