佐久田の切り札
「降伏というのは沖縄方面の陸海軍あるいは海軍のみの降伏のことか?」
「いいえ、大日本帝国全体の降伏についてです」
ニミッツの質問に佐久田は答えた。
「無条件降伏か?」
「いいえ、国体護持が最優先です」
「ダメだな。小官には外交交渉の権限を与えられていない」
日本が無条件降伏するというのなら、そのまま国務省、ホワイトハウスに伝えて引き継げば良い。
だが、ニミッツは軍人であり、大日本帝国相手の交渉権限を与えられていない。
「そもそも、貴官に交渉の権限はあるのか」
「正式にはありません。しかし、日本政府上層部との間にパイプがあり、メッセンジャーとしていると考えて貰いたい。どうかホワイトハウスに伝達して頂けるだけでもありがたいのですが」
「ふむ」
本当かどうか、ニミッツは疑った。
「話しだけは聞こう」
だが、話だけは聞くことにした。聞くだけならタダだ。
「それで条件は本当に国体護持だけか」
「はい」
「戦争責任を、戦争を始めた責任について問うべきなのだが」
「国家元首にそのようなことを求めるなど、やり過ぎでしょう」
「まあ確かに」
無条件降伏を国家に突きつけるなど過酷すぎる。
敗者に勝者がどのような事をしてきたか歴史が証明している。
日本が死に物狂いで戦うのも致し方ない。
その結果アメリカの被害は増える。
現に、ニミッツの艦隊は壊滅しつつある。
幾ら、世界最強の工業力を持ち艦艇を増産できると言っても、若い国民の命までは生産できない。
しかし、これ以上戦い続ければ更に激しくなるだろう。
無条件降伏を迫られれば日本は追い詰められ更に激しく反撃してくるはず。
カミカゼなどという狂気の攻撃さえ行っている。
志願しての自殺攻撃など信じられなかったが、現に行われている。
出撃と共に脱走する手もあるのにカミカゼのパイロット達は突入してくる。
いや、カミカゼだけではない。
各島を攻略した時、九割近い損害を受けても殆ど降伏せず、なおも頑強に抵抗する。
しかも、制圧しても生き残りがゲリラ攻撃を仕掛けてくる。
このよう軍隊を相手に無条件降伏を強いるまで戦い続ければ、どれほどの被害が生まれることか。
ニミッツとしては本心では損害を抑える為に日本の降伏を認めたい。
だが一軍人であるニミッツには権限がないし、政府の方針も承知している。
「だが、合衆国は交渉する必要を認めないだろう。艦隊は壊滅したが、また新たに艦隊を創ることが出来る」
現在米国本土ではモンタナ級は三隻が艤装中であり、更に一八インチ砲を搭載した新戦艦が建造中だ。
エセックス級は勿論、ミッドウェー級の建造も行われている。
今回の損害は人間を除いて一年以内に回復する事が可能だ。
それだけの工業力がアメリカにはある。
「日本には抵抗する余裕はあるまい」
今回の攻撃は酷かったが、日本が艦隊戦を行えるのは今回限りだろう。
BAKA――桜花の攻撃は恐ろしいが、発射母機、母艦の数が制限されているから、これらを狙えば被害を抑えられる。
そして母艦となる大型艦の建造能力も補修能力もない。
一部とはいえ沖縄を占領した連合軍によって、南方からの資源供給路を寸断したのだ。
日本本土上陸作戦はおびただしい犠牲が出るだろうが、日本のシーレーンを遮断、日本本土に封じ込める事は可能だ。
食料自給率が低く、朝鮮半島や中国大陸から食料を輸入している日本は、すぐに餓える。
石油資源など望めない、日本はアジア唯一の工業国としてもお終いだろう。
だが、佐久田もそのことは勿論承知であり、対抗できる切り札を持っていた。
「確かに一見するとそうでしょう。しかし合衆国も許容できない損害が発生するでしょう」
ニミッツは黙り込んだ。
日本本土に行くにつれ被害が大きくなっている。
本土上陸作戦が行われたら、何十万の死傷者がでることか。
だが、ニミッツの思考を推測した佐久田は否定した。
「あ、もし、本土決戦で米軍に損害を与えることを考えている、と思っているのなら違います」
「どういうことか?」
「帝国海軍は合衆国本土に、大規模な損害を与えることが可能です」
「まさか」
ニミッツはブラフだと思った。
しかし、緊急電を保ってきた伝令の言葉に絶句した。
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