ニミッツと佐久田の対談

「なんてことだ」


 ようやく一〇ノットで航行可能となるまで復旧したインディアナで嘉手納沖へ戻ってきたニミッツは嘉手納で起きている惨状を見て絶句した。

 上陸部隊を載せてきた、彼らの大量の補給物資を積んでいた船団が炎上沈没している。

 陸上も攻撃を受けており、上陸部隊は劣勢となるだろう。

 それだけでも悪いが、更なる凶報が入ってきた。


「長官、通信が回復しました。慶良間から報告が入っています。現在日本艦隊の攻撃を受け、壊滅しつつあり、直ちに救援を請う」


 悲鳴に近い救援要請をニミッツは拳を握り黙って聞くしかなかった。

 既に自分の艦隊は壊滅しており、救援に行ける戦力は無い。


「何か方法はないか」


 ニミッツは自分の出来る事を考え、一瞬ためらった後艦長に命じた。


「艦長、白旗を揚げるんだ」


「降伏するのですか」


「休戦だ。上手くいけば残った将兵を、助けることが出来る」


「日本軍に降伏するなど」


「急ぎたまえ、撃沈した仲間の救助が出来るかもしれん。急ぐんだ」


「アイアイ・サー」




「後方より、艦影あり、アメリカ海軍サウスダコタ級らしい」


 先ほどの不意打ちもあり、警戒を怠らなかった大和の見張りが報告する。


「主砲狙え」


 稼働可能な一番砲塔と二番砲塔が旋回する。

 インディアナに狙いを定め、砲撃しようとした時中止命令が下った。


「白旗が見えた! 射撃中止! 撃つな!」


 気がついた佐久田が命じる。

 同時にインディアナから通信が入る。


「休戦について話し合いたい。乗艦許可を求む。と言っております」


「了承すると伝えろ」


 受信するとすぐにインディアナから内火艇が出てきた。

 波はまだ荒かったが嵐は収まりつつあり内火艇でも何とか航行出来る程度にはなっていた。

 大和の内火艇収容口から引き上げられ、艦内に入った一行は艦橋から降りてきた佐久田に迎えられた。


「連合艦隊参謀兼大和艦長代理の佐久田少将です。第一機動艦隊司令長官は負傷されているため自分が代理で交渉に当たります」


「米太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ元帥です。交渉に応じて頂き感謝します」


 ニミッツ元帥という単語を聞いて、佐久田は耳を疑った。

 英語に詳しいアメリカ帰りの兵員に確認したがやはり、目の前にいるのはニミッツ元帥だった。

 佐久田は敬礼し、改めて尋ねた。


「今回のご用件は?」


「休戦したい。今回の戦いで沈没した艦の乗員を救助したい。それに戦闘を終わらせたい」


「異存はありません。しかし、自分に権限は」


「あるぞ」


 負傷して治療所に寝かされていた有賀参謀長が水兵の手助けを受けてこの場にやってきた。


「塚原長官から緊急時に佐久田に長官権限を一時付与する命令書を受け取っている。それを使えば問題ない」


「自分は知りませんが」


「塚原長官が伊藤長官に密かに渡していたんだよ。お前に渡しても、遠慮してどうせ使わないだろうからいざというとき使わせろとな」


 と言って有賀は命令書を押しつけた。

 確かに、佐久田に権限を一時委任するという命令書だ。

 全く塚原長官も意外と用意周到だ。


「やれやれ、猪武者というわけではないか。最後までこき使う気か。これだけ気遣いが出来るなら次長時代伊藤さんも苦労しなかっただろうに」


 愚痴りつつも佐久田は嬉しそうに言う。

 そしてニミッツ長官に命令書を見せて権限がある事を示し伝えた。


「連合艦隊司令長官から一時委任された権限を使い、救助活動中のみ戦闘停止を認めます」


「感謝する」


「ただ一つ確認したいのですが、休戦の範囲は、太平洋方面最高司令官なのですから太平洋方面全域で戦闘が中止するということでよろしいでしょうか」


「何を馬鹿げたことを」


 佐久田の発言にニミッツの参謀長マクモリスは激昂した。だが、ニミッツは制した。


「確かに自分は太平洋方面軍最高司令官だが、第五艦隊司令長官も代理として兼任している。第五艦隊司令長官として休戦を望む。よって休戦範囲は沖縄周辺海域のみとしたい」


 太平洋全域を管轄し制覇している太平洋艦隊を機能停止する訳にはいかない。

 だが、日本軍としては戦局を逆転させるためにも、太平洋艦隊全体を停止させようと考えるだろう。

 それはなんとしても阻止しなければならないとニミッツは考えていた。

 しかし、日本側もしつこく求めて来るだろう、と覚悟している。

 最悪、時間稼ぎに使おうと考えていた。


「いいでしょう」


 だが、ニミッツたちの予想に反して佐久田はあっさりと承認した。

 それどころか、言質を取ったぞ、と言わんばかりに口元に笑みを浮かべている。


「現時点で沖縄周辺で休戦することを各部隊に通達します。そちらも同意と通達をお願いします」


「ああ」


 佐久田は手早く、日米両軍に休戦を命じさせた。

 通信設備の残っている残存艦に、日吉宛に休戦するよう打電を命じた。

 同時にニミッツにも連名で行わせる。

 ニミッツは佐久田の行動に疑問を感じたが、自分の思い通りにいっている、沖縄周辺部隊のみ停戦し、他への影響はない。

 それが間違っているように思えるが何が間違っているのか分からない。

 ニミッツが悩んでいる間に佐久田は話しかけた。


「では、只今より休戦を発動するとして、ニミッツ元帥に交渉したいことがあります」


「交渉?」


「ええ、日本の降伏交渉についてです」

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