艦隊司令部の負傷

「砲撃だ! 打てっ!」


 ようやくインディアナに奇襲された混乱から立ち直った大和が最初の一弾を放った。


「敵艦発砲!」


 直後、敵の砲撃が襲い掛かる。

 幸い大和に命中しなかった。

 だが、艦橋の左側を主砲の一発がかすめ張り出しの部分を抉った。

 離れた直後に信管が作動して爆発。

 強烈な爆風が艦橋左側を襲う。


「ぐわあっ」


 爆風は艦橋内のドアを蹴破って入り込み、破片を伴う内部で猛烈な嵐を巻き起こした。


「あああっっ」

「ぎゃあああっ」


「被害報告!」


 負傷者が続出し、阿鼻叫喚の地獄絵図となる。


「うううっ」


 佐久田も爆風に翻弄され転倒し頭を打ち付け、一瞬気が遠くなる。


「参謀! 大丈夫ですか!」


 下士官に叩かれてようやく意識を取り戻す。


「大丈夫だ」


 もうろうとした意識で返事だけをする。

 最初こそ佐久田の動きはおかしかったが、徐々に頭の回転が戻ってきた。

 そして気がついた。


「長官はご無事か!」


 長官は佐久田の真左の長官席にいたはず。

 爆風により近い長官の安否が気になる。


「!」


 近付いて血の気が引いた、長官は背中に破片が刺さっていた。

 一八九センチの巨漢のため佐久田を丁度、爆風から守るように重なっていた。

 更に状況報告と指示を仰ぐため森下が近くに寄ってきていたのも佐久田を助ける事になった。

 だが代償に二人は負傷し、生き残った佐久田は叫んだ。


「長官及び艦長負傷!」


 結果、伊藤と森下の両名が負傷した。

 爆風により近い場所にいた有賀参謀長は血まみれだ。


「急いで下へ!」


 治療のために三人とも下げられた。


「佐久田参謀、どうしますか」


 生き残った士官の一人が訪ねてきた。

 何を尋ねているのか一瞬分からなかったが、意味がようやく分かった。

 自分が最先任なのだ。

 長官と参謀長が倒れ、艦長も負傷で指揮不能。

 今は自分が最上位の階級だ。


「長官代理として指揮を執る」


 佐久田は宣言すると命じた。


「第二艦隊司令長官に連絡。長官負傷、指揮の代行を求める」


 既に大和の通信能力が喪失しているため指揮代行を頼んでいたが、長官の負傷を含めると任せるしか無い。

 艦隊全隊への拝領が終わったら、大和艦内の指揮を行う。


「能村副長を呼び出してくれ」


 すぐに艦内深くにある応急指揮所、副長は艦の防御を担当するため、そちらに入っていたため無事だった。

 繋がった受話器を受け取り佐久田は命じる。


「能村副長か、艦長が負傷、指揮を執ってくれ」


「無理です」


 だが反応は切羽詰まった物だった。


「現在艦内各所の被弾及び被雷した箇所への応急指揮を執っており、ここを離れられません! 機関部への遮防作業に人員を取られています」


 もっともな意見だ。戦闘開始から大和は無数の砲弾を受けている。


「各所の修理のために離れる事は出来ません」


 特に第三砲塔の二門が使えないのは大きい。こいつの修理が必要だ。

 被雷で機関室が危ない、機関の出力低下、速力低下は今の戦闘では死活問題だ。

 それに昼間の空襲から至近弾を受け続けて船体が歪み、ボディーブローの様に効いてきている。

 鋲が緩み、鉄板のつなぎ目に隙間が出来て浸水を起こし始めていた。

 それらの対処にも能村は指揮を、対処すべき損傷に優先順位を付け乗員の分配と指示を与えることに頭を使わなければならない。


「済みませんが、参謀、艦長代理をお願いします」


「俺がか?」


「防御指揮は自分が行います、艦内掌握も行います。艦の戦闘、針路と攻撃目標だけ指示をしてください。どうか、お願いします」


 確かに言われたとおり、能村に全てを、忙しい本来業務の防御指揮は勿論、戦闘指揮まで任せるのは酷だ。

 針路と攻撃目標の指示は佐久田でも出来る。

 戦闘では出来る者が出来る役割を担うべきだ。


「了解した」


 佐久田は承諾した。

 初めての戦艦の指揮だったが、困惑は無かった、むしろ叶わない夢が叶ったような気分だ。


「営門艦長と言ったところだが」


 万年大佐で提督になれない士官のために海軍が温情で退役の数時間前に昇進の辞令を与え、将官として送り出す慣例があった。

 佐久田の指揮は、次の正規艦長が着任するまで、あるいは沈むまでの間だけだ。

 だが、佐久田が艦長、それも大和艦長である事に変わりはない。

 大一番での指揮を、最強の大和で出来るのなら二度と無い栄誉だ。


「これより艦長代理として指揮を執る」

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