ニミッツの参戦と酸素魚雷による混乱

「敵艦に砲撃を続けろ」


 インディアナに乗り込んだニミッツは命じた。

 もとより任命されており準備を整えていたデヨ少将に任せていたが、戦死した今は自分が指揮を執らなければならなかった。

 だがデヨ少将の戦死による指揮系統の混乱は激しく、日本艦隊の巧みな戦術もあって壊滅してしまった。

 残っているのは、自分の手元にあるインディアナとアラバマのみ。

 条約開けの新戦艦とはいえモンタナどころかアイオワにも劣る砲力と速力しかない戦艦だ。

 それで戦って勝てる見込みなど殆ど無い。

 だが、ここで食い止めなければ慶良間の船団は、嘉手納の友軍は日本艦隊の餌食になる。


「日本艦隊の針路を塞げ! 突入しろ!」


 ニミッツは立ち塞がるようにインディアナを進めた。

 当然、大和の反撃が予想される。


「長官、装甲塔に退避してください」


 艦長はニミッツに進言した。

 ニミッツの立つ艦橋、その背後には装甲塔があり、インディアナで一番分厚い装甲で囲まれもっとも安全だとされている。

 流石に長官を戦死させるのは拙い。

 海軍長官が前線視察で戦死し、海軍省が混乱した事もあり、太平洋艦隊も同じように混乱するのは避けたい。

 だがニミッツは断った。


「ここでいい、戦況が把握しやすい」


 狭い装甲塔――大の大人が数人はいればギュウ詰めになる程度の空間から指二本程度の幅しかないスリットからでは外の様子は分からない。

 それに、敵の主砲が直撃しても食い止められるか不明だ。

 まして撃沈される時はどこにいようと同じだ。

 さすがにそこまで言うことは出来ない。

 だが、ニミッツは何処で死のうが同じなら指揮しやすいところが良いと思い艦橋にのこった。

 それに、自分が夢にまで見た状況を堪能したかった。

 四十年も前、日本海海戦のように東郷の後輩達と戦う場面を若い時から夢見てきた。

 東郷のように艦橋に立ち指揮を執る。

 それがニミッツの夢だ。

 確かに長官として戦場に立つのは良くない。

 だが、そんな肩書きのために、この瞬間を捨てる事など、長官としてあるまじき行為であっても、後ろ指を指されることになろうとも、逃す気はニミッツにはなかった。


「敵に隙を与えるな! 砲撃を続行しろ! 諸君、戦いはこれからだ」




 不意を打つことが出来たためインディアナは当初一方的に大和へ砲撃を行った。


「左舷に敵艦!」


「まだ戦艦がいたのか」


 六隻の戦艦を撃退して浮かれていた大和には奇襲となった。

 無理もない。

 当初から戦力的に劣勢であり、敵の主戦力、モンタナ級三隻とアイオワ級二隻を沈める事が出来たのだから。

 それに取り逃したミズーリの動向が気になり右舷に注意が向いていた。

 そのため反対側の左舷から接近するインディアナに気がつかなかった。


「右警戒、左注意でしたね」


 左警戒、右注意――左に注意を向けすぎると右が疎かになり事故を起こしやすいという海軍内での警句だ。

 左から攻撃されたため、佐久田はもじって言う。

 だが、そんな余油は艦内にはなかった。


「主砲! 左舷に指向……」


 森下が慌てて命じて反撃しようとする。

 だが、船体からの突き上げるような鈍い衝撃で砲撃命令が一瞬遅れる。


「魚雷攻撃か」


 被弾していないし船体からの衝撃は海面より下だ。

 魚雷を受けたとみるべきだ。

 米軍の一発くらいなら問題ないが続いて、衝撃を受けてしまう。


「畜生! 連中もこの嵐の中、魚雷攻撃とはやるな!」


 水雷出身の有賀参謀長が敵艦、重巡らしき艦影を見て唸る。

 米軍も少数だが護衛と索敵のために重巡を残していたが戦艦より小さく安定性に欠けたため、後方に取り残されようやく追いついて戦闘に介入した。

 しかし、米軍の重巡は魚雷など装備していない。

 対空装備を増設するため、魚雷を外している。

 当然、魚雷発射など出来ない。

 命中した魚雷は、第二艦隊が放った一式酸素魚雷だ。

 悪天候による大波に翻弄され、安定装置が壊され、針路を逸れたものが命中してしまった。

 そうした魚雷が各所で日本艦隊を襲撃しており、損失の原因となっていた。

 魚雷発射は間違いだったと指摘する物も戦後出てきたが、彼らが放たなければ、米戦艦群に打撃は与えられず日本側が優位に立つ事は無かった。

 例えば被雷により一瞬にして爆沈した朝霜は発射解析によりモンタナ級の一隻に魚雷を命中させたことが判明している。

 荒天の中で壊れたことを責めるべきか、疾走した事を責めるべきか、戦後も長く判断に迷う事例だった。

 しかし、魚雷発射がなければ米軍の混乱を発生させ日本軍に勝機をもたらしたのは事実であり、実際米戦艦を戦闘不能にしている。

 いずれにしても、戦闘は続いており、発生した状況の中で、双方共に最善を尽くすのみだった。

 勝つために、生き残るために。

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