重雷装艦と水雷戦隊
「敵戦艦の反対舷に水柱!」
接近したため、敵艦を視認できるようになった見張りが報告する。
一瞬どういうことか分からなかったが、すぐに答えにたどり着いた佐久田は言う。
「第二艦隊の水雷攻撃が上手くいったのでしょう」
佐久田の答えは正しかった。
第八戦隊の北上と大井、元は軽巡だが開戦前後に改装されて帝国海軍が誇る九三式酸素魚雷を四連装十基を搭載する重雷装巡洋艦として生まれ変わっていた。
艦隊決戦の前に敵艦隊に向けて魚雷を乱射し敵戦艦を撃破しよういう計画から改装されていた。
だが戦局は予想された艦隊決戦ではなく航空戦、消耗戦に移り、艦隊決戦の機会は失われた。
北上と大井は出番がないまま、魚雷発射管を撤去して輸送任務に当たっていた。
だが沖縄戦で敵の船団への突入時に魚雷を斉射する機会があるとされ再搭載されていた。
そして幸運にも敵戦艦への攻撃に使う機会が生まれた。
嵐の中、放たれた北上、大井両艦の合計八〇本もの酸素魚雷。その多くは波浪により針路を乱したが一本がオハイオに命中。
機関室の隔壁近くに命中し、二つの機関室を浸水させ、出力が半減。速力低下を起こした。
更に、三本がメインに命中し機関室と第一砲塔弾薬庫に浸水を発生させ、一基が戦闘不能となる。
そして最後の一本は舵に命中。
面舵のまま固定され、その場で右旋回を始め回り続ける。
そこへ長門が砲撃を浴びせた。
大炎上中でも長門の砲撃は正確で命中弾を次々と出す。
メインは反撃しようにも旋回しているため、照準が付けられず、次々と被弾し射撃指揮装置が破壊され統一射撃が出来なくなる。
やむを得ず各砲塔に独立撃ち方を命じるが、命中率は下がったままだ。
この後は長門の一方的な砲撃戦となった。
「長官、目標を再度変更すべきです」
大和の艦橋で佐久田は進言した。
「敵艦はあと少しで止めを刺せるが」
大和が相手をしているオハイオは明らかに傾き船足も落ちている。
あと数発叩き込めば撃沈できる。
「ならば第二艦隊に任せましょう。大和は、敵の残存戦艦、残っている敵戦力を叩くべきでしょう。味方が動きやすくなるよう、敵の最高戦力を、戦艦を撃破すべきです」
「そうだな」
頭を抑えようとしている前方のアイオワ級戦艦群が邪魔になっている。
既に射撃を始めており、大和でも危険な状況だ。
射撃精度は甘いが、大和より優速、この戦場で最速の性能は脅威だ。
駆逐艦や巡洋艦の方が早いが、それはカタログスペックでの話。
このような嵐の中では、安定した性能を出せない。
波にもまれて、時にスクリューが海面から飛び出るような状況では駆逐艦や巡洋艦が額面通りの性能を発揮することなど出来ない。
細長く揺れやすいとはいえ四万五千トンの船体は、駆逐艦ほど影響を受けず、速力ならば最大限に発揮できるし、それを証明するように大和の前を横断し抑えている。
「艦長、目標を変更だ。前方のアイオワ級を狙え」
「了解!」
再び、大和の主砲がウィスコンシンに狙いを付けた。
激しい砲撃にウィスコンシンの船体は揺さぶられ、艦内は動揺する。
相変わらず、波浪による動揺が激しく砲撃は狙いが甘い。
それでもモンタナ級戦艦群と共に迎撃すれば勝ち目があるはずだった。
だが、モンタナ級は日本軍の魚雷攻撃で、脱落し、アイオワ級戦艦群だけで迎撃する羽目になっている。
それでも、いやだからこそアイオワ級戦艦群は反撃した。
ここで逃げる事は出来るが、嘉手納沖、次いで慶良間の船団に突入されレイテ以上の悲劇に見舞われるだろう。
最早後がないので、砲撃する。
その内の一発が、大和の煙突頭頂部に命中した。
蜂の巣装甲により機関部に大きな被害はなかったが、爆発による破片が、通信アンテナと電探アンテナの双方を破壊、機能不能とした。
「電探使用不能!」
「各艦への通信出来ません!」
「発光信号で有地中将に状況を伝え、指揮を継承するように」
「はい」
「長官、ご命令を」
佐久田は伊藤に言った。
本来なら無声指揮、状況に応じて自ら最善の行動を行うのが帝国海軍軍人だ。
しかし佐久田はあえて尋ねた。
肉食獣のような笑みを浮かべて。
自分ならばあえて命令を下すであろうからだ。
伊藤も自分と同じ考えだと思って尋ねた。
そして、佐久田の推論、いや思いは的中していた。
慈父のような笑みで朗らかに伊藤は命じた。
「大和、敵艦へ向けて突入せよ」
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