佐久田の本性
「一体、何が起きているのだ」
はじめ、伊藤は目の前の光景が信じられなかった。
攻撃を仕掛けてきた米戦艦、速力からしてアイオワ級と思われる艦に砲撃を行った。
そこまでは良かった。
突如、反転したのは、分からなくもない。
嵐の中、大和が一方的に砲撃したのだから。
細長い船体のため、嵐の中では照準が付けにくいことも分かる。
不利な状況で撤退するべきだという判断は戦術的に正しい。
敢闘精神が足りない、などとは思わない。
背後に味方がいるのだから、味方と協力して打倒するのは正しい作戦であり、損失が少なく済む。
軍令部次長として幾度も損害報告を聞いてきた身としては、損害を回避して逃げ帰ることに敵ながらよくやったと言いたい。
しかし、その後が分からない。
何故、味方のハズの米戦艦同士が砲撃を行っているのかが。
「恐らく、反転したことが伝わらなかったのでしょう」
佐久田は敵の動きから推測して助言した。
「レーダーがあるのにか」
「この嵐で、作動が宜しくないのでしょう」
確かに、これほど動揺が酷いと受信に問題があると聞いている。
実際、本来なら教導――先陣を切って行くはずの矢矧は電探を作動させても碌に機能していない。
金剛も同じだった。
仕方なく比較的まともに電探が作動している大和が先頭に立ち敵味方の位置を把握して伝えている状況だ。
敵のレーダーが、幾ら高性能でも嵐の中で作動するかどうかは、不明だ。
見失っていてもおかしくはない。
「ここは敵をたたくべきか」
「はい、敵の最大戦力を叩くべきでしょう」
伊藤の問いかけに佐久田は力強く答えた。
相手はモンタナ級三隻とアイオワ級三隻。
第一ラウンドはアイオワを追い返したが、撃沈したわけではない。
モンタナと一緒に反撃してきたら、大和とて危ない。
「艦長! 目標を変更! 敵モンタナ級を狙え!」
「了解!」
「意見具申! 探照灯照射を」
佐久田の意見に伊藤は驚いた。
「敵に位置が知られるぞ」
「味方も位置が不明です。少なくとも大和の位置を知らせ、敵味方の識別を行いやすくするべきです」
「ふむ……」
佐久田の意見ももっともだ。
現に米軍は混乱し同士討ちを行った。
この後、突入する時、同士討ちの可能性がある。
電探で敵味方の位置を指示する大和が探照灯で味方に位置を知らせるのは良い事だ。
だが、探照灯を点ければ、闇夜の提灯、敵にも大和の位置を知らせてしまい、集中攻撃を受ける。
「大和が撃たれるが」
「一応、不沈艦を名乗っています。十数発いえ、敵艦へ味方が突入するまで持ちこたえるでしょう」
伊藤の質問に佐久田は諧謔に満ちた笑みを浮かべて言った。
その表情に艦橋の全員が圧倒された。
これまで普段の態度と表情、特に死んだような目をしていることと、機動部隊で上げてきた戦果から、冷静沈着な知将のイメージが強い佐久田だった。
だが、その本性は入念に準備を整え、敵に先頭を切って突っ込む猛将だ。
これまでは参謀勤務が多く、その機会が無かっただけ。
いや、参謀時代の作戦立案からその性根は見えていた。
敵の弱点に対して徹底的な反復攻撃、特に敵の後方へ突出とも言えるほど突っ込むところだ。
ガダルカナルの時など、上陸部隊を攻撃せず米軍の背後に回りエスピリシスサットを攻撃。米軍の支援をなくした後、孤立無援となった米機動部隊と上陸部隊を撃滅した。
レイテでも、上陸船団に向かわずウルシーを攻撃したし、硫黄島の時など、長躯ハワイを攻撃し米軍全体を混乱に陥れた。
部隊を囮にしたという悪評もあったが、単に所属していた機動部隊の特性を生かしただけ。
もし、戦艦部隊にいたら準備万端に整えて、ありとあらゆる手段を使って躊躇無く、敵船団に突っ込む。
そして、戦局全体に寄与するなら自らの犠牲も、勿論無駄死にしない事を前提に、命を捧げることにも躊躇しない。
佐久田はそういうタイプの人間だった。
「艦長、味方に攻撃目標を指示する。探照灯照射だ」
「了解! 探照灯照射! 味方に敵艦の位置を知らせろ!」
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