ある大隊の窮状
「日本軍の反撃が厳しいです!」
「畜生! なんて連中だ! 嵐が来ているのに攻撃とは」
沖縄本島南部の最前線で指揮をしていた大尉は叫んだ。
前方の高地に日本軍が陣地を構築しており、高所から撃たれまくり損害続出だ。
それでも退くことは出来ない。
ここで退けば、日本軍が前進してきて味方が危険になる。
自分の大隊がここで踏ん張るしかない。
非常に嫌な役割だが、義務感と責任感から大尉は任務を続けた。結果が部下の死傷であり、それが自分の精神を徐々に蝕んでいたも、更に多くの味方が危険に晒されると分かっており、必死に耐えた。
だが、日本軍の攻撃は激しさを増すばかりだ。
「我々が嵐で退却すると思っての逆檄でしょうか」
「それもあるだろうが、本格的な反撃だ! これまで守りに入っていた連中が攻め込んできた! 激しく攻撃してくるぞ! 更にひどい目に遭うから踏ん張れ!」
既に彼の大隊は酷い状況だった。
彼は大隊で最後任、昇進したばかりで中隊長に任命された二六歳の若い大尉だった。
本来なら、あと三年ほど中尉を経験して軍隊を理解してから昇進するべきだ。
だが、それは平時の話。
戦時だと軍隊の拡大により、人員が、下級将校が足りず、新任の少尉を迅速な昇進で賄う。
しかも、日本軍との激しい戦闘、特にレイテでの船団壊滅で二十万の兵員が失われたため、人員が足りなかった。
そのため、昇進スピードが更に速まりつつある。
彼が大尉に昇進できたのも米軍の兵力事情の為だ。
幾ら国力と人口に勝っていても、教育期間というのは簡単に短縮できないし質の確保も難しい。
それでも士官として指揮官としての十分な素質が大尉にはあった。
少尉、中尉を日本軍との激戦で生き残った得がたい人材だ。
それでも、目の前の日本軍のしぶとさは、これまでの闘いの比ではなかった。
むしろソロモンやニューギニアの時より巧妙になっている。
日本本土に近づいたため補給が整い、防御陣地の構築に時間が掛けられたというのが情報部の分析だ。
大尉は同意していたが半分だけだ、残り半分は日本軍が更に上手く戦うように名手いる
無謀な突撃はせず、陣地に籠もってねばり強く反撃してくる。
お陰で、米軍の被害は酷く、大尉の大隊も悲惨な状況だ。
先陣を切って進んだ最先任である第一中隊の大尉は戦車の増強を受けていた。にも拘わらず、日本軍に引き込まれ包囲され、あっというまに戦死。
後任のベテラン中尉も戦死して第一中隊は壊滅したため、第二中隊と交代。
第二中隊も激しい戦いに巻き込まれ、兵員の多くが死傷。第二中隊長も前線に出た時、日本軍の狙撃によって戦死。
しかも日本軍が大隊の後方への迂回攻撃を仕掛けてきたため、第三中隊も戦闘に巻き込まれ三人目の中隊長も戦死。
大隊長も、日本軍の正確な砲撃により指揮所を砲撃されて吹き飛んでしまった。
結果、大尉は、最後任であるにも関わらず、大隊の生き残りで最上位の階級だったため大隊長代理として大隊の指揮を執ることになった。
「久方ぶりに突撃してくるだろうな」
「万歳突撃ですか」
「それもやるだろうが、密かに回り込んでくるはず」
日本軍と言えば万歳突撃だが、のちの映画にあるような正面切って突撃してくることは少ない。
確かに見つかって劣勢になって最後にやけっぱちで万歳突撃を行うが、それは最後の最後だ。
日本軍の突撃の基本は浸透戦術、密かに後方へ回り込んでの攻撃だ。
第一次大戦で機関銃と防御陣地の前に数百万が死傷した。
双方、相手の防御を突破できずおびただしい血が流れた。
そんな中、ドイツ軍は塹壕を突破するべく浸透戦術を考案した。
少数のチームを無数に作り前線の隙間を伝って敵の後方へ入り込み、砲兵陣地や指揮所を破壊。指揮系統と支援を壊滅させたのちに突撃してくる。
第一次大戦の戦訓を汲んだ日本軍はこの浸透戦術を基本戦術とし幾度も使っている。
ソロモンやニューギニアで襲撃されてひどい目に遭った。
集音マイクや、夜の間中照明弾を打ち上げたり、警戒したのは日本軍の浸透を警戒しての事だ。
効果はあり、浸透される前に日本軍を見つけ出して火力を叩き込むことが出来た。
だが見つけても油断は出来ない。
見つかった時、彼らは逃げずむしろ敢然と万歳を唱えながら突撃してくる。
それが万歳突撃の正体だ。
破れかぶれで無謀な突撃を行う事もあるが、密かに浸透してきて後ろに回り込まれる事が多い。
「照明弾は?」
「殆ど残っていません。補給が寸断されていて」
「畜生め」
長期戦になったため補給が滞っている。幾ら補給が優れているアメリカ軍でも、手違いなどで補給が滞ることはある。
しかも、嵐が接近している。
集音マイクなど役に立たないだろう。
その時、伝令が飛び込んで来た。
「後方に敵が現れました!」
「畜生! 孤立したか!」
絶望的だったが、戦うしかない。
既に日本軍の突撃が開始された。
「応戦しろ! 各中隊を集めて防御を固めろ!」
後ろへの防御も必要であり、指揮所を中心に防御陣を組ませる。
激戦で定数半減となった兵力では、これで精一杯だ。
だが、その小さな陣地に日本軍は容赦なく砲撃を浴びせる
「今日は大盤振る舞いだな!」
日頃必要最小限撃ってこない日本軍が激しく撃ちまくっている。しかも、普段から撃ち慣れていて異様な命中率なのだから、陣地の真ん中で何度も爆発する。
最早、彼の大隊は死にかけていた。
日本軍の浸透が始まっており大尉自身も拳銃で撃って防御する有様だ。
「援軍はいつ着く!」
「間もなく到着するそうです!」
連隊司令部に問い合わせた通信兵の言葉に大尉は絶望的になる。
この状況だと到達するのは時間が掛かる。
軍法会議を覚悟で兵員を助ける為に後方へ退却、突撃して突破するべきか大尉は考えた。
だがその時後方で爆発が起きた。
「何だ!」
「我が方の援軍のようです!」
まさかと思ったが、銃声がM1ガーランドの銃声が聞こえる。
鹵獲した物を日本軍が使っている事も多いが、組織だった戦闘で使われる事は少ない。
「味方だ! 持ちこたえろ!」
大尉は部下を鼓舞して命じた。
やがて、ジープと戦車でやって来たアメリカ陸軍の部隊だった。
「救世主だ」
大尉は、駆けつけてくれた彼らを出迎えようと前に出たが、彼らの顔を見て血の気が失せた。
制服は泥で汚れていたが確かにアメリカ陸軍の軍服だ。
だが顔立ちは、東洋系、散々見てきた日本人のものだ。
「ジャップか!」
拳銃を突きつけて尋ねると、兵士は言い返した。
「違う! 四四二連隊だ!」
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