スプルーアンス倒れる

「なんてことだ」


 おびただしい被害報告を受けたスプルーアンスの表情は蒼白だった。

 第五八任務部隊は事実上壊滅。

 護衛艦艇は残っているが空母が殆ど機能不能では一番攻撃力のある航空攻撃は出来ない。

 護衛空母が残っているが、上空援護が関の山だ。

 日本の空母からの攻撃が殆ど無いことが幸いだが、迎撃手段がない。

 しかも、敵の戦艦部隊が沖縄に迫ってきている。

 迎撃の艦隊を準備しているが、心ともない。

 しかも台風が接近してきており、小型艦は戦闘どころか航行さえ危うい。

 実際、フィリピン沖で駆逐艦が嵐で転覆沈没した事故が起こっている。

 大型艦も対空砲とレーダーを増設しており重心が上がった結果、安定性を欠いている。

 重巡クラスでも危険だ。

 既にスプルーアンスが乗艦しているテネシーの揺れも酷くなり始めている。

 この状態で日本艦隊を迎撃出来るか不安だった。

 航空機に増援を求めたくても、台風では飛行不能だ。

 戦艦を引き抜いて迎撃しようとしているが沖縄本島では日本軍の反撃が始まり、支援要請が出ている。

 この状況で救援に行けるのは、戦艦部隊だけだが、それでは日本艦隊を迎撃出来ない。

 様々な事案に同時に対処しなければならなかった。


「どうするんだレイ。方策はあるか」


 丁度前線視察に訪れていたニミッツ元帥が尋ねてくるが、スプルーアンスは答えられない。

 目の前がぐるぐる回り、思考は支離滅裂になる。

 やがて意識が遠のき、床に倒れた。


「どうした! レイ!」


 駆け寄ったニミッツが声を掛けてもスプルーアンスは答えない。

 すぐに衛生兵がやって来て、医療室へ送られた。


「軍医長、レイはスプルーアンス提督はどうしたんだ」


「過度のストレスと、神経衰弱による気絶です」


「治るのか」


「数日の安静が必要です。それでも全快するかどうか」


 度重なるカミカゼ攻撃と、長引く沖縄戦。

 いや、それ以前から硫黄島以降、ずっと艦隊指揮を執り続けた疲労がここに来て一挙に噴出したのだ。

 本来ならハルゼーと交代で作戦指揮を行うのだが、フィリピンでの失態によりハルゼーが解任された今、スプルーアンス以外に実戦部隊を指揮できる人間はいなかった。

 そのため、去年十月以降、スプルーアンスはずっと指揮を執り続けていた。

 千席以上の艦艇と数十万の将兵の頂点に立ち、神出鬼没な日本艦隊を相手に戦う。

 常人ではとても耐えられないくらいのプレッシャー疲労を抱え込んでいた。


「どうなさいますかニミッツ長官。後任を決めませんと」


 日本艦隊が迫ってきている。

 これを迎撃する為の指揮官が必要だった。

 だが、他に任命できるような人材はいない。

 マッケーンは戦死しているし、代理がつとまるような人間が近くに居ない。


「私がとる」


「長官がですか」


「後任が現れるまでの臨時処置だ。現状を打破、日本艦隊を追い返すまでは私が指揮を執る」


 真っ当な意見だった。

 他に適任者はいないし、いたとしても台風が接近しているため、呼び寄せる事は不可能。

 ならば、丁度乗艦していたニミッツが指揮を執ったほうが良い。


「安心しろスプルーアンスの計画通りに事は進める。責任は私が取るから皆動いてくれ」


「了解しました」


 妥当な意見だと幕僚は思った。

 ニミッツはトップに対しては厳しいがスタッフに対しては寛大だ。

 太平洋艦隊がパールハーバー奇襲で全滅した時、キンメルの後任としてやって来た時、彼のスタッフを殆ど残留させ、混乱を最小限に抑えた。

 その意味で安心する。

 しかし、状況は過酷だ。

 日本艦隊、戦艦部隊は沖縄へ接近しつつある。

 迎撃に戦艦部隊を用意しているがモンスター相手に敵うかどうか。

 空母部隊による迎撃を行おうにも台風で退避していた上にカミカゼによって壊滅状態だ。

 休息中だった空母群をウォッゼから呼び寄せているが、現在位置は未だ遙か遠くだ。

 今近くに居たとしても接近中の台風のために航空活動は不可能な状況だ。

 沖縄に展開した陸軍と海兵隊の航空部隊も台風により発進出来る状態ではない。

 頼りになるのは戦艦部隊だけだ。


「デヨ少将の戦艦部隊に迎撃命令を出すんだ。沖縄本島北方に展開し、日本艦隊を迎撃。船団を守り切れ」


「了解しました」


 妥当な判断だった。

 日本艦隊が沖縄の南から迂回して慶良間へ突入する可能性もある。

 ならば、沖縄本島の北方で早急に接敵し撃滅するのが一番良い。

 戦力的にも米軍側の方が戦艦の数が多い。

 しかし、日本には、あのモンスターがいる。


「何とか出来るか」


 不安は尽きないが、古来より戦場の指揮官は手持ちの兵力だけでどうにかするしかない。

 兵力不足でも不安があっても戦うしかない。

 敵は既に目の前に来ているのだから。

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