野中組出陣

「偵察機から入電! 敵機動部隊発見! 超大型の空母三隻以上!」


「遂に見つけたぞ」


 大和へ護衛を出した直後、鹿屋で指揮を執っていた宇垣の元に索敵機からの報告が入った。


「岡村大佐、直ちに君の神雷部隊を出撃させろ」


「しかし、大和護衛の為に戦闘機を割いており、護衛機が足りません」


「今行かずに何時行くんだ。こうしている間にも大和は攻撃を受けている」


「しかし、敵機の迎撃を受けては、攻撃の成功は見込めません」

「敵は攻撃機を出している。空母の護衛も少ないはずだ。今こそ好機ではないか。それに、敵の迎撃範囲外から攻撃出来るよう改良を加えている。成果を上げられるはずだ」


「ですが」


 それでも岡村は躊躇った。自分達の攻撃は一回きりだ。


「今後、攻撃を加えられる保証はない。出撃させるべきではないか」


「……分かりました」


 岡村は折れた。

 宇垣長官の言うとおり、敵の攻撃が激しく、出撃の機会はないかもしれない。

 敵を見つけた今攻撃に出るべきだ。


「野中を呼んできてくれ」


 岡村はすぐに部下である、野中五郎少佐を呼び出した。


「野中五郎出頭しました」


 来たのは色白の端整な顔立ちの青年士官だった。

 まるで役者のような色男で、女性は勿論、海軍部内でも人気が高い。

 優男に見えるが兄貴肌の面倒見の良い士官で部下の忠誠心が篤い。

 岡村は上官だが野中の人柄を好んでいた。

 それだけに命令を下すのが辛かった。


「出撃命令が出た。神雷部隊出撃だ」


「いよいよ殴り込みですね」


 野中は張り切っていた。

 いずれ国のために命を燃やすことを望んでおり、出撃命令が出るのは嬉しい限りだ。


「野中、お前は残れ。今日は俺が行く」


「何故ですか!」


 だからこそ岡村の言葉に反発した。

 航空隊司令を差し置いて飛行隊長が出撃しないわけには行かない。


「それとも私が信用できないというのですか! 私は国に尽くさねばならないのです」


(だから、行かせたくないんだよ)


 心の中で岡村は愚痴った。

 野中は兄がいた。野中四郎陸軍歩兵太尉。

 2.26事件の首謀者の一人で自決した将校だ。

 五郎は今でも兄を慕っており、兄と同じく日本の為に役立ちたい、という思いが強い。

 兄の汚名を雪ぐためにも、手段が間違っていたが、思いは国のためにあったことを示したい。

 証明しようと五郎は前線への出征を望んでいた。

 そして前線で戦って武勲を立ててきた。

 その熱意と経験、技量を見込んで神雷部隊の飛行隊長に任命されてしまった。


(それに野中の事なら自ら突入しかねない)


 兄貴肌で部下に親身になっているし人当たりの良い野中を戦死させるなど岡村には出来なかった。

 使う兵器があれだ。

 五郎の事だ、部下だけを行かせようとは思わないだろう。

 自らも後に続くはずだ。


「お断りします」


 しかし野中も引き下がらない。


「司令、そんなに私が信用できませんか! 今日だけはいくら司令のお言葉でも、ごめんこうむります」


 そこまで言われては、岡村も拒絶する事が出来ない。


「分かった、指揮は任せる」


「ありがとうございます」


「だが、俺も出る」


「何故ですか」


「初の出撃だ。司令が後方に下がっていては士気にかかわる」


「ですが万が一、敵機の襲撃を受けては」


「それに、俺は責任を負わなければ、連中を見届けなければならないんだ」


 言い含めるように岡村が言うと、野中も黙り込んだ。


「……分かりました」


 岡村の言葉に野中は反対だった。

 だが、先ほど反抗したばかりだったこともあり、聞き入れないわけにはいかない。

 ここまで言われたら承諾するしかなかった。


「ではお席を用意させて貰います」


「頼む」


 一悶着あったが、神雷部隊の出撃が決まった。


「野中組全員集まれ!」


 野中が指揮所から叫ぶと、部下がホラ貝を吹き鳴らした。陣太鼓が乱れ打たれる中、搭乗員が野中組と書かれれた上りの前に集合し野中の訓示を聞く。


「出撃が決まった! 離陸したら敵艦隊に向かって、まっすぐに猛撃を加えよ。空戦になったら遠慮はいらぬ。片端から叩き落せ。戦場は快晴。戦わんかな最後の血の一滴まで、太平洋を血の海たらしめよ」


「合点だ!」


「やってやりますぜ兄貴!」


 兄貴肌の野中に看過された搭乗員も任侠のようにべらんめえ口調で答える。


「ようしっ! 野中組! 全機出撃! 総員搭乗しろ!」


「うおおおっっっ」


 陣太鼓が乱れ打たれる中、エンジンが始動し出撃準備を始める。

 そんな中、護衛に付けられた戦闘機隊に野中は近づき挨拶をする。


「いっちょ頼むぞ。うちの槍は使いづらいんであんたらが頼りだ」


「任せてください。必ず射点に連れて行きます」


 日頃酒を持って戦闘機隊の搭乗員へ行き、べらんめい口調で豪快に杯を交わしていたこともあり野中と戦闘機隊の仲は良かった。

 戦闘機隊も野中の事を信頼しており、護衛しようと決意していた。


「おう心強いぜ」


 豪快に挨拶をしたあと、野中は搭乗機に向かうが見送りに来た飛行長岩城邦広少佐には自身の吐露した


「ろくに戦闘機の無い状況ではまず成功しない。特攻なんてぶっ潰してくれ。これは湊川だよ」


 神雷部隊の戦闘機と応援を含めても六〇機に満たない。

 長くはなっているが迎撃を受けたらひとたまりも無い。


「後を頼む」


 野中はそう言って一式陸攻に乗り込み一八機の攻撃機を率いて出撃していった。

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