坊の岬沖海戦 接触
タカタカタッタッター
タカタカタッタッター
「総員戦闘配置!」
「急げ! 配置に付け!」
「総員配置!」
「早く配置に付け!」
大和に戦闘配置のラッパと共に下士官達の声がかかる中、森下は第一艦橋から防空指揮所に上がった。
「艦長に敬礼!」
見張長が森下に気がつくと、指揮所にいた全員が森下へ敬礼する。
「各部署へ通達! 艦長、防空指揮所に上がられた」
伝令の声を聞きながら、森下は指揮所に立つとポケットに手を入れ、左手にタバコ、右手にマッチ箱を持ち、口に咥える。
片手でマッチを擦り、火を付け、一息吸うと空に向かって煙を旨そうに吐いた。
軍帽をあみだに被る洒落た着こなしと動作が自然で、あまりにも様になっていたため、見張員達は敬礼したままだった。
タバコの味を、余韻まで堪能してから森下は敬礼したまま固まっている部下を見て、自分が答礼をしていない事に気がつき、タバコをくわえたまま答礼する。
部下達はようやく敬礼を下ろせた。
森下はタバコを指に挟んだ後、部下達に訓示した。
「今次大戦において、航空機の性能は向上し、航空戦が戦争の帰趨を決している。水上艦は航空機に対して劣勢を強いられている状況だ」
森下の言葉は1945年の戦争を端的に言語化していた。
誰もが無言になった。これまでの闘いで船がいかに無力化と言うことを、航空機により撃沈されたところを見てきたのだから。
「だが、決して水上艦は無力ではない」
意気消沈する見張り員に森下は言った。
「爆弾魚雷をいくら航空機が積んでいようと、命中させなければ沈没しない。対空火力で撃墜するのも大事だが、敵が落としてくる爆弾魚雷の回避こそ水上艦が生き残る根幹である。私が艦長であるかぎり決して魚雷も爆弾も命中させない、沈ませない。そのためには敵機の早期発見が肝要であり、その要は諸君らだ」
力強く、森下は言う。
「敵機を見つけたらすぐ報告しろ。俺が必ず回避する。見間違いでも良い。見間違えても、そのあといくらでも俺の腕で挽回してやる。接近する敵機がいたら躊躇無く報告せよ。分かったか」
大胆な放言の前に見張員達は黙ったままだった。
返事がなく、焦れた森下が聞き返した。
「返事はどうした」
「はいっ!」
「良し! 見逃すな。見間違いは良いが見落として被弾被雷したら沖縄で米軍と戦えないからな。気合いを入れろ」
森下の言葉に見張り員達は、不安はなくなり各自、配置に戻った。
「艦長、鉄帽を着けてください」
「いらん」
再びタバコをくわえ味わいながら答える。
「しかし」
「そんな物を付けていたら、重くて仕方ないし、上がよく見えない」
「ですが」
「それに、これは俺のハレの舞台なんだ。そんな物を付けて戦いたくない。楽しませてくれ」
森下の快活な言葉に部下はそれ以上言えず鉄帽を仕舞った。
「さあ、行くぞ」
敵機が来るであろう前方を見つめながら森下は言うと、タバコを口にくわえて楽しそうに笑った。
だが先に動いたのは上空の紫電改だった。
「徳之島基地、及び、第一遊撃部隊旗艦から報告! 南東より接近する敵機の大編隊を探知! 数、三〇〇」
「おいでなすったか」
菅野が獰猛な笑みを浮かべて喜ぶ。
橘花を操っていたが、航続距離が短いため基地上空でしか使えない。
大和援護には少しでも足の長い機体が必要で、元の紫電改に戻って今回の戦いに参加していた。
「大和に向かう敵の攻撃隊だ! 喰うぞ!」
鴛淵大尉の命令で三四三航空隊の全機が向かう。
「しかし、思い切った作戦だな」
出撃前の源田司令からの作戦を聞いて菅野は苦笑する。
大和に向かう敵戦闘機を迎撃するのが三四三航空隊の役目。
つまり、大和を敵の攻撃機を引きつける囮にするのだ。
「全く大和を囮にするとは日本海軍も連合艦隊も地に落ちたな」
「ぶつくさ言うな。我々ならば大和を守り切れる、敵機を撃墜出来ると判断しての作戦だろう」
鴛淵大尉が菅野を窘める。
「一機たりとも通すな。大和には沖縄に突入して貰わなければならないんだからな。爆弾一発当てさせてはならん」
「勿論です。しかし、敵が多すぎる」
三四三航空隊出撃機四八機に対して米軍は二〇〇機以上を出してきている。
「それをねじ伏せられると信じているからこそ、我々が出てきたんだ! 迎撃するぞ!」
「了解!」
「敵機発見!」
林大尉の声が無線で響いた直後、下方に大和に向かって進撃する敵編隊が見えた。
「凄い数だな」
予想以上の敵機の多さ、空を埋め尽くすような数に彼らは息をのんだ。
「これぐらいいないと日本最強の三四三航空隊剣部隊として張り合いがない。攻撃に入るぞ! 突撃!」
三四三航空隊は降下して敵編隊に突入した。
ロケット弾を放ち、敵機を混乱させると、そのまま突入して単独行動している敵機を狙って撃墜する。
「よし! 上手くいった!」
大和と徳之島からの電探情報のお陰で最初の奇襲に成功し、当初は上手く攻撃出来た。
しかし、敵機の数が多く、やがて数の差で三四三航空隊は敵機に囲まれるようになる。
しかも敵機の一部がすり抜けて大和に向かっている。
「追いかけたいが周りの敵機だけで手一杯だ」
迎撃に向かいたくても、敵機が上下左右から攻撃を仕掛けてくるため、追いかけるのは無理だった。
「残りは大和に処理して貰うしかないな」
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