ニミッツの前線視察

「レイ、私は君の能力に些かの疑問もない」


 穏やかな表情でニミッツは言った。

 テキサス州フレデリクスバーグで祖父と義父が経営するホテルを手伝った時に培った人を見る目と動かす能力はニミッツの大きな財産だった。

 部下の能力を見極め動かす事に長けていたため順調に昇進し航海局長――人事担当として素晴らしい成績を上げた。

 艦隊司令長官になっても衰えず、むしろ磨きが掛かっていた。

 でなければ最悪の時期、真珠湾攻撃で艦隊主力の殆どが着底した後、後任として着任し、反撃を指揮するなど出来ない。

 特に広大な太平洋を戦域とする場合、瞬時に指示を下せないため各地の指揮官が自立して、その能力を発揮してくれなければ作戦を行えない。

 膨大な艦艇が配備されると、それらを運用するためにも多くの優秀な将兵が必要なため、人を見抜き、抜擢し、動かす力が必要だった。

 お陰で最小限の労力で巨大な太平洋艦隊をニミッツは動かしていた。

 マッカーサーが戦死した後は、太平洋方面の陸軍も指揮する事となり、文字通り太平洋における最高司令官となった。

 陸軍に対するニミッツの指揮は問題なく、マッカーサーがいなくなったことで無用な対立がなくなり、むしろ風通しが良くなったほどだ。

 しかし、順調とは言いがたかった。


「だが、沖縄の友軍が苦戦しているのに増援を出さないのは、いただけない」


 喫緊の課題は沖縄戦だ。

 既に予定より大幅に遅れている。

 抵抗は小さくなるどころか更に強くなっている。

 流石に、ニミッツも任せきりには出来ず、現地視察を行う事にした。

 幕僚達は万が一、日本軍の攻撃を考え不安がっていたがニミッツの意志は変わらず、現地に赴いていた。


「分かっています。ですが、日本軍の抵抗が予想以上です。彼らは強固な陣地に籠もっており艦砲射撃でも粉砕出来ません」

「そうだな。フィリピン、硫黄島を見る限り日本軍の抵抗は激しい」


 ニミッツはスプルーアンスの意見に同意した。


「だが、空母部隊を活用しないのはおかしいぞ」


 ニミッツが問題にしているのは、攻撃に使用している空母の艦載機の数が少ないことだ。

 多くの航空隊が空母で待機を命じられ、地上攻撃に使われていない。

 それが、攻撃力低下の原因とみられていた。


「攻略が長期に及んでおり、艦載機の整備が必要なためです」


 優れた工業力を誇るアメリカ軍でも艦載機の整備には相応の労力を必要としている。

 全ての機体を一度に飛ばすなど不可能だった。


「それでも多くの機体が、残されているが」

「日本本土の艦隊に備えるためです」


 スプルーアンスが航空機を手元に残している、もう一つの理由が呉に集結している第一機動艦隊への警戒待機だ。

 もし、出撃したら二日以内に沖縄へ突入してくるであろう敵艦隊に備えるため一定の数を残して起きたかった。


「すぐに転用出来るだろう。攻撃に使わないのは良くないぞ」

「しかし、敵艦隊に突入されればレイテでの悲劇を繰り返します」

「そうだな」


 去年のレイテでの痛手、船団全滅は米海軍のトラウマだ。

 特に日本軍はガダルカナル以降、後方の船団を襲撃することがおおい。

 いくら生産力が卓越している合衆国でも、生産された物資が前線に送られてくる前に沈められれば、苦戦する。

 日本艦隊に備えて艦載機を手元に残すのは致し方なかった。

 沖縄戦開始から第一機動艦隊は出撃せず、沖縄戦で苦しい戦いを続ける事になった原因だと批判される事が度々ある。


「確かに航空攻撃は頻繁だったが、予想より、少なかった。ミッドウェー級大型航空母艦がいながら少ないのは、米空母部隊が呉の連合艦隊を警戒して艦載機温存を決定したためだろうと当時から予測していた。出撃が遅れたことは事実だが、連合艦隊のお陰で我々への攻撃の手が緩んだことは紛れもない事実だ。出撃しなくても十分な援護となった」


 のちに第三二軍高級参謀八原大佐はこのように証言した。

 冷静な彼らしく的確な分析であり事実であった。

 しかし、米軍が苦境に立っていることは確かだった。


「それでも艦載機の全力で攻撃を行うべきでは? 退避させる前に一度は攻撃を行うべきだ」


 台風接近により、被害を最小限に抑えるため東方への退避を命じている。

 これはニミッツも仕方ないと思っている。

 カミカゼ対策にレーダーや対空砲を増設した米艦艇は重心が上昇し転覆しやすくなっている。

 特に駆逐艦は酷く、フィリピン攻略の際には台風に遭遇した駆逐艦三隻が転覆沈没している。

 大型艦も台風に耐えられる構造ではなく、船体や艤装にダメージを受けることがあり退避させるのは致し方ない。


「台風から離れる前に一度沖縄の日本軍を空爆で吹き飛ばすべきでは」

「しかし日本艦隊の脅威は依然としてあります。警戒を怠るべきではないでしょう」

「だが、上陸中の見方の援護も必要だ。日本軍の陣地を吹き飛ばすべきでは」


 ニミッツとスプルーアンスの議論が激論に発展しようとしたとき、伝令が入ってきた。


「味方潜水艦及び哨戒機より報告です! 空母を含む敵艦隊が出撃。豊後水道を通過しました!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る