佐久田の夢

「しかし、意外だったよ」


 陸軍の輸送潜水艇を見送った後、伊藤は佐久田に言う。


「何がでしょうか?」

「君が艦隊に同行することがだよ」


 本来、連合艦隊司令部参謀の佐久田は同行する必要など無い。

 しかし、是非とも行きたいと懇願して、同行を許可された。

 合理性の塊のような佐久田がこのような突入作戦に参加するとは思わなかった。

 いや、これまで機動部隊で最前線で参謀としてだが戦っている。

 後方の空母といえど敵の空襲を受けやすく、戦死の可能性もあるのに続けたことは称賛に値する。


「てっきり、君は機動部隊と共に行くかと思ったのだが」


 先発する機動部隊は作戦に従い既に分離して南東方向へ向かっている。

 彼らは囮だ。

 南東方向、再びマリアナを襲撃するように見せかけ、沖縄近辺の敵機動部隊を引き離すのが目的だ。

 その間に、大和以下の遊撃部隊が沖縄へ突入する。

 台風の来襲もあり、米軍は多くの艦艇を退避されるはずだ。

 その隙を突く。

 佐久田の立てた作戦であり機動部隊がどれだけ踏ん張れるかで作戦は変わるだろう。

 それだけに、機動部隊に同行すると伊藤は考えた。

 しかし、佐久田は予想外の表情、いたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。


「これでも帝国海軍軍人です。戦艦、艦隊決戦への憧れは人並み以上にあります」


 佐久田の言葉は意外だったが佐久田の経歴を思い出して伊藤は合点がいった。

 彼、佐久田の専門は砲術だ。

 これまで機動部隊にいたが、中国戦線で航空隊の面倒を見て航空機に詳しくなったから。

 そもそも中国大陸へ派遣されたのは砲術、そのなかの陸戦をこなせる指揮官としてだ。

 そして砲術は大砲屋、戦艦の主砲をぶっ放すことを夢見ている。


「帝国最大最強の戦艦に乗って戦いたいんですよ。出来れば、艦長職を経験したかったのですが」


 意外な事だが、佐久田は艦長職を経験していない。

 本来なら大佐あたりで戦艦か空母の艦長職を経験しているハズだ。

 だが、戦局の劣勢、機動部隊を有効活用しつつ損害を抑えられる参謀が佐久田以外にいなかった。

 そのため、佐久田が仕えた司令長官達も海軍上層部も佐久田を機動部隊から放さず、参謀として戦わせた。

 結果、幾多の勝利を収め、佐久田に昇進と勲章などの栄誉を与えたが、艦長職を与えなかった。

 中澤人事により適材適所が行われ、ハンモックナンバーも卒業年次どころか艦長経験の有無さえ無視して人事が進められた結果の皮肉な結果だった。


「せめて一度くらいは経験してみたかったですね。森下艦長、今回だけ立場を入れ替えませんか」


「例え艦隊司令長官との椅子と引き換えでも大和艦長の椅子は渡さない」


 日本海軍が誇る戦艦の艦長職は誰にも譲りたくないと思うのは当然だった。


「それは残念だ」


 隣にいた伊藤も残念そうに言う。

 勿論第一機動艦隊の長官職は一つしかないが、多くの部隊が広範囲に展開しているためイマイチ、指揮をしている実感がない。

 戦況は勿論、味方の離れた部隊の位置さえ把握しづらい。

 漠然としていて戦っているのか分からないことが多い。

 だが、軍艦はその艦は全て自分のモノであり、意のままに操れるのは非常に充実感がある。

 最上、愛宕、榛名の艦長を務めたあと指揮官となり軍令部次長となった伊藤だからこそ艦長職が一番良かったと実感している。

 ことに大和を、帝国海軍、いや世界最強の戦艦を指揮するなど軍人としての本懐だ。

 だからこそ森下は絶対に譲りたくない。


「それは残念」


 残念がる佐久田の表情を見て全員が驚いた。

 彼が、そこまで表情を見せるのは初めてだったからだ。


「敵信傍受班より報告! 敵潜らしき通信を感知!」


 だがすぐに報告が上がり、緊張が走る。


「対潜警戒!」

「上空にも気をつけてください」


 森下の命令に佐久田が何時もの表情に戻り助言する。

 十数分後、上空に米軍の飛行艇が現れた。

 潜水艦の通信を受信して敵機がやってくると佐久田は判断したからだ。


「鈍足の飛行艇がくるとは」


 航続距離は長いが低速のため戦闘機の餌食になりやすい。

 その敵飛行艇が本土近くまでやってくるのは戦局が切迫した証拠だった。


「慶良間諸島を基地にしているのでしょう」


 佐久田は淡々と分析して答える。

 敵機動部隊の偵察機が接触してくると考えていたからだ。


「どうする佐久田参謀」

「予定通り向かいましょう。台風は予報通り、沖縄に向かっています。敵機動部隊は離脱しているハズ。突入の好機を逃すわけにはいきません」

「よし、そうしよう。第一遊撃部隊、予定通り進路南西、沖縄本島へ向かう」

「はっ」


 伊藤の決断が下り艦隊各艦へ命令が伝達される。

 艦橋の通信関係の要員は忙しく働く。


「思い通りになると思わない方が良いぞ」


 伊藤は佐久田に小声で言う。


「レイ、いやスプルーアンス提督は優秀だ。強敵だぞ」


「分かっております。ですが負けるつもりはありません」


「負けじ根性か、それも海軍だな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る