第一機動艦隊 出撃

 八月五日


 タッタラッタターッ! タッタラッタターッ!

 タラッタラタラタタッ! タラッタラタラタターッ!


 伊藤の号令と共にラッパ手が出港を知らせる吹奏を行い、艦が動き始める。


「大和出撃! 舫い放て!」

「進路よし! 両舷微速! 面舵!」


 機関を始動させた大和は、初めソロリソロリと進んでいくが徐々に速力を上げていく。


「全艦微速前進」

「面舵」

「外洋への針路へ乗りました」

「両舷半速! 第一戦速へ!」

「艦隊、進路を豊後水道へ」

「機動部隊、出撃を確認」

「第二部隊、続行します」


 大和だけでなく第一機動艦隊の各艦の動きも報告され、艦内は一寸した忙しさになる。

 電測員も、衝突を避けるため各艦の距離を測るので忙しくなる。

 激戦で多くの精鋭を失っている日本海軍だったが、精強さは変わらず、出港後一時間ほどで艦隊陣形を整え、進撃を開始した。


「信号所より通信! 我ら貴艦隊の勝利を確信する! 貴官の武運を祈る!」

「通信参謀、返信せよ。誓って武勲を挙げる。帝国の復興と繁栄を願う」

「はっ」


 伊藤は静かに敬礼した。

 他の幕僚達も静かに最早見る事も叶わないと思う祖国の姿を目に焼き付けようと目を向け敬礼する。

 士官として派手な事はしないと自重していたが、下士官兵の中には思いを抑えきれず、帽を振り、叫んでいた。

 それを止めようとする者は誰もいなかった。


「まもなく防備戦隊の分離予定地点です」


「分離信号を送れ」


 艦隊出撃にあたり、前路掃討、機雷がないか、潜水艦がいないか確認するために呉鎮守府から派遣された部隊が豊後水道まで前方を行く予定だ。

 彼らは一応艦隊型及び秋月型駆逐艦を含む部隊だが、就役して日が経っておらず、技量不十分として、第一機動艦隊に編入されなかった。


「戦隊分離しません。戦隊の針路変わらず、応答信号なし」


 報告を受けて有賀参謀長は溜息を吐く。


「分離するよう呼び続けろ」


「ダメです。応答ありません」


「どうした」


 騒ぎを聞いて伊藤が有賀に尋ねた。


「はい防備戦隊が分離しません。何度も呼びかけているのですが、応答がありません」


 伊藤は聞くと無言で席を立ち、防空指揮所に上がった。

 そして防備戦隊の旗艦に向かって静かに敬礼する。


「防備戦隊旗艦より信号! 応答信号です! 続いて信号! 第一機動艦隊の武運長久を祈る!」


 しばらくして防備戦隊旗艦から応答信号があり彼らは分離反転していった。


「彼らも沖縄行きたかったのでしょう」


「彼らには彼らの役目があります。役目を果たして貰いましょう」


「先頭の矢矧より信号! 左舷に潜水艦らしき影あり!」


 矢矧の報告に指揮所には緊張が走る。

 豊後水道は米潜水艦が潜んでいることが多い。

 一応対潜哨戒機を送っているが時折米軍機がやって来て襲撃するため最近は、対潜哨戒飛行が困難になりつつあった。

 突入前に潜水艦にやられるのは勘弁して欲しいと誰もが思い、警戒する。


「日の丸を確認。陸軍の輸送潜水艇です」


「陸軍のモグラか」


 ホッとした空気が防空指揮所に流れる。

 見つけたのは孤立した島嶼部への補給のために計画された小型輸送潜水艇だった。


「小さいのに驚かせる」


「邪険に扱うな。彼らは重要な任務を果たしている」


 米軍に取り囲まれた沖縄への補給は彼ら陸軍輸送潜水艇に任されている。

 海軍の伊号潜水艦はその能力、長大な航続力と通商破壊能力から交通線破壊、マリアナや沖縄の補給路への襲撃を行っている。

 しかし、孤立した沖縄への補給も重要だ。

 周辺海域を完全に米艦隊は制圧しており、輸送船――海軍の一等輸送艦も二等輸送艦どころか水雷戦隊さえ接近する事は出来ない。

 これでは沖縄への支援、補給が出来ない。

 そこで、陸軍がガダルカナルでの戦訓に鑑み、敵の制圧下でも物資輸送が出来る潜水輸送艇を発案した。

 しかし、潜水艦の建造能力を奪われる海軍が難色を示し、陸軍のみで開発を進めた。

 結局、海軍の潜水艦造船所を使わない事を条件に、陸軍の影響力が大きく潜水艦の建造に必要な技術を持つと考えた工場、ボイラー工場などに部品生産、船体の製造を依頼。

 陸軍の輸送船造船所で作り上げたのが潜水輸送艇<まるゆ>だ。

 僅か一年で建造に成功し実戦投入されている。

 潜水航行こそ出来ないが昼間は潜水して隠れ、夜間に移動する方法をとっている。

 おかげで米軍に見つからずに移動する事が出来た。

 沖縄戦が始まってからは、第三二軍への補給は彼らが一手に引き受けている、いや唯一の手段となっている。

 百トン程度の小型潜水艦にそのような重責を担わせてしまっている事に伊藤は忸怩たる思いだ。

 その潜水艇の甲板に動きがあった。


「甲板に多数が上がっています。敬礼をしています。登舷礼のようです」


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