出撃前の大和艦内

「帝国海軍部隊は陸軍と協力、空海陸の全力を挙げて、沖縄周辺の敵観戦に対する総攻撃を決行せんとす。皇国の興廃は正にこの一挙にあり。ここに、第一機動艦隊主力を以て突入部隊とし壮烈無比の突入作戦を命じるたるは、帝国海軍力をこの一戦に結集し、光輝ある帝国海軍海上部隊の伝統を発揚すると共にその栄光を後世に伝えんとするに他ならず。各隊はいよいよ致死奮戦、敵艦隊を随所に殲滅し、以て皇国無窮の礎を確立するべし。乗員各員は奮闘努力せよ」


 出撃命令が下ると能村副長は直ちに当直員を除く全乗員を上甲板に集め、訓示を行った。


「いよいよか!」

「やるぞ!」

「待ってろよ沖縄! 俺たちが救うぞ!」


 沖縄戦が始まって一ヶ月以上、柱島で待機していた彼らは沖縄救援へ行こうと気勢を上げていた。

 だが中々出撃命令が出ず、苛立っていた。

 上陸で呉に出ても何故出撃しないのか、時に面と向かって言ってくる者もいたし、多くの呉市民が視線を浴びせ無言で問いかけてきたことに居心地の悪さを感じていた。

 ようやくの出撃命令に彼らは喜んだ。

 だが、直後に下された命令に面と向かって反抗する者もいた。


「何故儂を下ろすのですか!」


 艦長である森下に食ってかかるのは射撃手である村田大尉だった。

 連合艦隊一の射撃名人であり、一兵卒から大尉まで上り詰めた兵隊の元帥と言っても良い人物だ。

 最古参の人物であり、大和でも艦長と副長を除いて最高齢の人物であり、事実上大和の主であると言っても過言ではない。

 大和の初戦であるレイテで戦艦を仕留め、マリアナでも撃破している。


「儂の腕に疑問があるのですか」


 戦果も戦績も上げており最後の戦いとなるであろう沖縄にも行くつもりだった。

 なのに直前で下ろされることに納得がいかなかった。


「どうか我々もお願いします!」


 村田だけではなく、予備士官課程を繰り上げ卒業して先日乗艦したばかりの兵科予備士官候補生達も自分たちを連れて行けとせがんだ。


「君たちに配置はない。配置のない者が大和にいても迷惑になる」


 森下は少尉達に言った。

 任官したとはいえ、訓練中の身であり、正式な配置ではなかった。

 一応、各部署で研修は行っているが、彼らは技量不十分だ。


「儂もこいつらと同じというのですか!」


 自分も同列に扱われたと感じた村田は激昂した。


「違う」

「では何故」

「彼らを率いる人間が必要だ。それには老練な技術と経験を持つ人間が、継承するべき技術を持った人間でなければならない。君以上の人間はいない」

「私は大和の射撃手です」

「だからだ。この艦の事を知る人間は、君以上に知っている人間は少ない」

「では何故」

「我々が帰ってきた時、迎えて欲しいからだ」


 森下は懇願するように言う。


「戦いは厳しい。武蔵のように大損害を受けるだろう。修復する時、大和の事を良く知っている人間が必要だ。君以上の適任者はいない。だからどうか、残ってくれ」

「ですが」

「頼む、大和をどうか見捨てないでくれ」

「……はい」


 森下が生還を期していないと、だがそれでも大和は何とか沈めない、日本に返し、村田に託そうという心意気を感じ、村田は何も言えなくなった。

 うなだれたまま、退室していった。


「やれやれ酷く疲れる」


 退艦者の説得に森下は酷く疲れた。


「申し訳ありません」


 能村副長が謝罪する。

 艦長に代わり、艦内を把握するのが副長の役目だ。

 艦長は司令長官や各艦の動きに合わせて艦を動かさなければならず、操艦に専念するべきだ。

 細かい雑務は能村が、乗員を抑えるのは副長の役目なのに抑えきれず、艦長へ直談判となってしまった。


「仕方あるまい。最後の決戦なのに直前で参加出来するな、と言われては、彼らも満足は出来まい」


 覚悟を決めて行こうとしたのに、直前で退艦を命じられて気持ちの行き場がなくなったのだろう。

 彼らの気持ちは痛いほど分かるだけに、森下は能村も咎めるつもりはなかった。


「だが、出撃命令を受けて動揺している者もいるだろう」

「はい、沖縄にたどり着けるのか、そのこと自体疑っている者もいます」

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