第二戦隊の嘆願と海上護衛総隊の怒り
「参謀! どうか我々も出撃させてください!」
大和に帰ってきた佐久田に熱烈に嘆願したのは第二戦隊の松田千秋少将と伊勢艦長中瀬少将、日向艦長野村少将の三名だった。
「あなた方は北号作戦で疲れているでしょう」
沖縄戦が始まった時、伊勢などの第二戦隊を初めとする部隊が南方のリンガで訓練中だった。
だが、沖縄周辺が米軍に制圧されたため日本への帰還は困難と考えられていた。
沖縄決戦の時戦場で合流することも考えたが、フィリピン戦で各個撃破された戦訓を鑑み中止された。
このまま、リンガに残ることも考えられたが松田少将は少しでも戦力を日本に送ろうと帰還を決断。
稼働出来る艦艇全てを集めて完部隊を編制し各艦は可能な限りの物資を積み込み出港した。
半分がたどり着ければ上出来、艦隊全滅も覚悟されたが、松田少将の巧みな指揮と、襲撃を避けるため、中国沿岸のコースをとったこと、米空母群のローテーションの境目を上手く突いたこと。
湊川上陸作戦の失敗と撤収で米軍が混乱していたこと。
帰還する部隊が沖縄突入を目指していると米軍へ偽装電文を送り、防御を固めさせたため、襲撃を受けなかった。
結果、完部隊全艦が無傷で日本本土に帰投し、柱島の主力に合流した。
奇跡の作戦と呼ばれ、ガダルカナル撤退、キスカ撤退と共に長く語り継がれる伝説となった。
しかし、帰還してから半月しか経っておらず、艦の整備も十分とは言えない状況だった。
そのため佐久田も彼らを出撃部隊に参加させようとは考えていなかった。
「この一番の決戦に参加するために急ぎ帰還したのです。どうか共に出撃させてください」
「だが、燃料が」
「南方から持ち帰った燃料があります。これを使って突入させてください」
「それは……」
流石に佐久田も困った。
完部隊が持ち帰った燃料をアテにしていたのだ。
「間もなく艦隊は徳山へ燃料を補給しに行きます。それまでに準備を整えてください。機関故障があるようなら置いていきます」
「では」
「随伴を許可します」
本心では行かせたくなかった。だがここまで言われては、許可しないわけにはいかない。
拒絶しても勝手に付いてきそうだ。
だがこうなっては徳山から更に調達しなければならない。
燃料担当者になんと言って、調達しようか佐久田は頭を悩ませることになった。
しかし幸いにも燃料担当者が理解を示し、これまで艦隊が持ち帰った分は勿論、タンクの底どころか、壁にこびりついた重油さえ掻き集めて艦隊へ供給。
各艦は満タンまでは行かなかったが半分は満たすことが出来た。
だが、流石に用意する量が膨大なため、他の部隊、海上護衛総隊への配給が減少する事態となった。
「この期に及んで決戦だと!」
一番怒ったのが海上護衛総隊参謀の大井篤大佐だった。
彼は熱心な海上護衛推進者であり、日本の船舶が大きな被害に遭わずに済んだのは大井が的確に船団を組んだからだ。
数が揃いつつある海防艦や、電探、磁気探知機があろうとも的確に運用しなければ被害はもっと大きかったというのが、多くの評価だ。
「日本への海上輸送路が途絶しているんだぞ! 国内の食料調達さえ危機に陥っているこの状況で大和などと言うデカ物を動かすために、自己満足の為に動かすなど言語道断だ!」
沖縄戦により、南方資源地帯とのシーレーンは寸断された。
それまでどうにか毎月四〇〇万トンの資源輸送――今の帝国の必要最小限の物資輸送量を確保していたが、完全に止まってしまった。
兵器増産が進む中、農村から労働力が減っていることもあり、今年は凶作、国内の食料が足りなくなることは明らかだった。
半島や大陸から食料の輸送を行っているが、輸送力が不足――鉄不足により機関車、貨車などの輸送力が足りない。交通網も空襲により寸断状態で物流が滞っている。
下手をすれば冬には餓死者が出る。
「国民を餓えさせないことが国家であり、食料を供給出来ないことを恥じるべきだ! 食料一つ運べない戦艦ではなく国を動かす物資を運んでくる商船に重油を寄越せ!」
軍令部で大声をあげても最早どうにもならず、第一機動艦隊の出撃と海上護衛総隊への割り当て減少は決定した。
「なんてことだ。これでは今月下旬までしか海上護衛総隊は動けないではないか。あとは泊地に停泊して留まること以外できないぞ」
減少した割り当てを見た大井は落胆し溜息を吐いたが、幸いにも最悪の事態は避けられることになる。
だが、それはのちの話だ。
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