三四三航空隊の進出

「それで我々に鹿屋へ進出しろと」


 佐久田を前に三四三航空隊司令源田は睨み付けるように言った。

 源田だけではない、飛行長の志賀少佐、菅野、鴛淵、林の飛行隊長達も佐久田を睨み付けていた。

 いずれも二十代中盤ながら激戦を生き抜いてきた凄腕戦闘機パイロットであり気の荒い人間ばかりだ。

 でなければ戦場で生き残れない。

 そのことは佐久田も十分い理解している。

 中国戦線で航空隊の幕僚を務めたため、常に気の荒いパイロット達とやりとりしてきた経験がものをいった。

 でなければ第一機動艦隊に出撃命令を伝えた直後、一度呉に戻り飛行機で四国へ渡り松山基地へ降り立つことなどしない。

 その目的は日本海軍最強航空隊とされる三四三航空隊を鹿屋に向かわせるためだ。

 だが源田達は渋った。


「まさか三四三航空隊に特攻せよとおっしゃるのか?」


 沖縄戦が始まってから第五航空艦隊は度々特攻を含む航空攻撃を行っていた。

 連合艦隊は禁止していたが、独断で攻撃を行っている。

 しかも緒戦で空母三隻を戦場から離脱させる殊勲を上げており、控えるようには言えない雰囲気だった。

 だが、このところ連日の出撃で稼働機数が激減しており度重なる補充を要請している。

 送られた航空隊は特攻隊に編成され出撃しているという。

 三四三航空隊も特攻へ出せという話ではないかと源田達は警戒していた。

 源田はかねてより特攻に懐疑的だった。

 勿論、最悪の場合、他に手がない時は特攻は行わざるを得ないと考えていた。しかし、その時期ではないと考えている。


「我々は度々成果を上げている。この成果は優秀な部下達がその腕を以て上げた成果だ。それをタダ一度の攻撃で失うなど認める訳にはいかない」


 先日の呉大空襲で上げた迎撃の成果、それ以前からハワイやマリアナで空母からの発進とはいえ迎撃戦を行い、多数の米軍機を撃破していた。

 人員資材を優先的に獲得して他の航空隊から文句が出ていたが、出した成果を以て黙らせていた。

 宇垣長官の度重なる特攻要請にも戦果を盾に拒絶し未だ一機の特攻機も出していない。

 その事を宇垣が疎ましく思い連合艦隊司令部へ再三抗議していると聞いている。

 佐久田は特攻に否定的だが、間もなく決戦という状況では命じかねないと疑っていた。

 勿論、佐久田は特攻を命じようという考えはなく、明確に否定した。


「いいえ、特攻などやらせません。三四三航空隊にはやって貰いたいことがあります」

「何ですか」

「第一機動艦隊の進撃路開啓です」

「大和が出撃するのですか」


 大和出撃の言葉を聞いて源田は前のめりになった。

 かねてより、決戦に備えて柱島に集結した艦隊が出撃するという噂は聞いていた。

 だが沖縄戦が始まって一月経っても待機していたため、本土決戦の為にでない、沖縄を見捨てたと陰口をたたいていた。

 そこへ遂に艦隊の出撃が命じられるというのだ。

 特に大和が所属する第一機動艦隊は源田の軍令部時代の上官伊藤大将が指揮している。

 関心を抱かないほうが無理だ。


「沖縄へ突入するのに、航空機の援護が必要です。艦隊の上空援護の為に、三四三航空隊には鹿屋より出撃して貰いたい」


「そういうことでしたら、お引き受けします」


 源田は一礼して承諾した。

 同席していた志賀少佐も、飛行隊長達も拒否はしなかった。


「しかし、出撃まで時間がありませんな」


「申し訳ない、艦隊の出撃は可能な限り秘匿したかったので。ですが資材に関しては十分に用意してあるのでご安心を」


「ならば思う存分、戦わせて貰います」


 三四三航空隊だけではなかった。

 関東の第三航空艦隊も一部を除き、鹿屋へ進出。

 第一機動艦隊の出撃に合わせて航空攻撃を仕掛ける作戦が着々と進んでいた。

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