シュガーローフの戦い

道中、銃撃を浴びながらもパットンは最前線、首里の西側に到着する。

 この戦場では比較的順調に制圧した北部戦線から引き返してきた第三水陸両用軍団の海兵第六師団が攻撃を行っている。

 前線では激しい戦いが続いていた。

 絶え間なく日本軍が十字砲火を浴びせ、味方の戦車隊も前進出来ずにいる。


「あの二つの丘に籠もる日本軍の反撃が厳しく、この四日間、敵陣地を突破出来ません」


 海兵第二二連隊第二大隊長ウッドハウス中佐は、パットンに戦況を報告する。


「丘の背後に迫撃砲を含む日本軍の陣地があり、近づこうとすれば砲撃を受けます。しかも稜線の日本軍が健在で盛んに反撃を繰り出してきます」

「凄まじいなあの、ああ、なんだ、あの丘の名前は」

「我々はシュガーローフと呼んでおります」


 大隊長のウッドハウス中佐が、石灰質の表土が現れた丘が棒砂糖、祝い事で作られる砂糖の円錐状の菓子に似ていることから命名した。

 訓練地のガダルカナルで似たような丘にも中佐は名前を付けていた。


「確かに似ているな。だが、甘くはないし、我々の血で赤くなりそうだ。だがなんとしても突破しろ。でなければ、首里へ進軍出来ない」


 シュガーローフ、地元民からは慶良間諸島がよく見えることから慶良間チージと呼ばれる丘は重要な場所だった。

 那覇への門であり、首里の背後へ至る道だ。

 日本軍にとっては防衛の為に是非とも守り抜かねばらならず、多数の兵員を配備し、増援を送り込んでいた。

 決して無謀な突撃を行わなかったが粘り強く抵抗している。


「火力を集中して日本軍を黙らせろ!」


 指揮下にある全火力を使ってウッドハウス中佐はシュガーローフへ攻撃を集中した。

 丘全体が砲火に包まれ、消え去ったかと思うほどだ。

 流石に、日本軍もこの圧倒的な砲撃を前に反撃出来ず、日本軍からの攻撃は中断する。

 その隙にコートニー少佐率いる選抜隊がシュガーローフの丘を登り制圧する。

 丘の上に星条旗が立ち、再び支配者は変わった。

 そして、繰り返す。

 占領した直後、周辺の日本軍陣地からシュガーローフへ猛烈な砲撃が行われた。

 丘の反対側の日本軍陣地は勿論、首里の高地からもシュガーローフは丸見えであり、配備された砲兵隊の火力も加わり、シュガーローフは日本軍の砲火に包まれた。


「敵の砲火を黙らせろ!」

「丘の背後にあるため狙えません!」

「分かっている! だが叫ばずにはいられん!」


 米軍の砲火が及ばない丘の反対側、反斜面に陣地を作り、砲兵を配置。米軍をあえて高地に登らせ登ってきたところを周辺の火力を集中させ、殲滅する。

 のちの戦史に俎板戦術と書かれる八原大佐の考案した戦術だ。


「かつて日米で異種格闘技戦が行われた時、日本人は米国人に比べて体格的に圧倒的に不利だ。だが、体格差が現れない寝技に持ち込むことで負けなかった。圧倒的な戦力を持つ米軍と対峙するには我々も寝技に持ち込むしかない」


 と八原は自分の見聞から事態を想定し、各部隊に指示した。

 その方針は正しかった。

 正面から米軍と戦っても火力で負けるが、火力の被害が及ばない場所に砲兵を隠し、米軍をあえて高地におびき寄せ、無防備な所を全火力で集中砲火を浴びせる。

 寝技戦術と八原大佐は名付けたが、高台を俎板、高地に登ってきた敵兵が魚に見えるため、俎板戦術と呼ばれるようになった。

 その効果は絶大でコートニー少佐の部隊は大損害を受けた。


「シュガーローフへ突入した部隊の損害多数! 半数が死傷しました! 部隊を指揮していたコートニー少佐も戦死」

「撤退だ。急いで収容しろ」


 被害が続出したため撤退を命じる。パットンも流石に非難はしなかった。

 むしろ困難な撤退戦を、日本軍の追い打ちを受けながら可能な限り犠牲を少なくしたのはウッドハウス中佐の手腕によるところだ。


「あの丘を占領しなければ進めないな」


 パットンはその夜、前線に近いテントで会議を行った。

 帰ろうにも後方にも日本軍が進出してきており、安全なルートを確保出来なかったからだ。

 それに、前線をどう支援するか考えなければならない。


「正面右手のシュガーローフか。あれは厄介だ。だが、左側にある丘、ハーフムーンも厄介だ。二つが残っている限り、相互に支援し一方が陥落すればもう一方が攻撃を加え、奪回してくる」


 過剰に演出的だが優秀な指揮官であるパットンはすぐに二つの丘の重要性を理解し、攻撃の準備を進める。


「海兵隊には二個連隊を動員させ、それぞれ丘を攻撃せよ」


「二二連隊も二九連隊も損害が多く、動員出来る兵力が少なくなっております」


「可能な限り、支援射撃を行う。艦砲射撃、航空支援。できる限りの支援を行い日本軍を黙らせその隙に突入せよ。首里の陣地も攻撃して撃破するよう命じる」


 パットンの素早い決断により、攻撃方法は決まっていく。その方針に異議を唱える者はいなかった。

 だが会議をしていると、突如入ってくる者がいた。

 手榴弾を持ち目をぎらつかせた日本兵だった。

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