パットンの前線視察
「これより俺が前線で指揮を執る」
パットンは宣言すると早速、揚陸指揮艦から上陸用舟艇で嘉手納の海岸に降り立った。
各所から銃声と砲声が聞こえ、激しい戦闘が繰り広げられていることが分かる。
「うむ、皆、よく戦っているようだな」
味方が闘志を残していることにパットンは満足し、海に飛び込み、ブーツを濡らしながら自らの足で上陸する。
普通の将軍ならダックを使って上陸するだろうが、パットンは軟弱と言って兵隊と同じように足を濡らす。
それが兵隊にも好まれるパットンの気質だった。
時折砲弾が飛んでくるが気にせず進む。
砲火を浴びることこそ指揮官、がパットンの信条だ。
砲撃でも動揺はしない胆力を見せつける事も出来る。
しかし、流石に無視出来ない事態に遭遇する。
「貴様! 何を言った! もう一度言ってみろ!」
砲声さえかき消す声量で兵士を怒鳴りつける士官を見つけてしまった。
「何をしている」
さすがに聞いてしまっては見過ごすことがあ出来ず、パットンは問いただす。
「兵士を怒鳴りつけるのは士官にあるまじき行為だぞ」
「お言葉ですが閣下、この新兵は身の程知らずです。決して無視出来ない言葉を吐きました」
「侮辱したのかね」
「そうです。日本軍を舐めて侮辱しました」
「? どういうことだ」
「こいつは今日来た新兵でまだ童貞さえ卒業していないクソ餓鬼のくせに日本軍を侮辱したのです。彼らは恐ろしい敵です」
強い口調で兵隊言葉を放つ士官にパットンは圧倒される。
パットンも演説などで兵隊言葉を使うが指揮を鼓舞するためだ。バージニアの上流階級出身のパットンは発音も言葉遣いも丁寧だが、英雄として兵隊を鼓舞する術として磨いている。
だが、この士官は自らの信念、強い確信から言葉遣いが荒くなっていた。
それが上官、例え遙か上のパットンであっても主張せずにはいられずにいた。
「日本軍は凄まじい軍隊です! どんな砲爆撃を受けても、耐えしのぎ、我々が前進してきても潜み続け、油断したところで地上に出てきて我々の背後を襲撃します! 連中の籠もる陣地は決して降伏せず全員が戦死するまで戦い続けます。制圧しても翌日には密かに潜入した日本兵が入り込み、再び抵抗してきます。あれほど素晴らしい部隊は他に居りません」
拳を振るっていかに日本軍、敵軍が強いかを力説する様は、半ば信仰に近かった。
「それをこの新兵は侮辱したのです。叱らずにはいられませんでした」
「……そうか、分かった」
胸を張って答える士官にさすがのパットンも気圧され、小さく同意するのがやっとだった。
「貴様が正しいな」
「ご理解頂けて感謝します」
勇敢な敵を褒め称える事が美徳だと信じるパットンは友軍より敵に行為を抱く。
ヨーロッパ戦線でも、英国軍よりドイツ軍を評価していたほどで、結果、偏屈もとい気高い英国軍と溝を作る原因になった。
だが、そんなパットンでもあの士官の言うことは常軌を逸している様に思えた。
しかし、それは間違いだった。
ジープに乗り込み前進した前線へ向かおうとした。
だが、出発してすぐにパットンのジープは正面から銃撃を受ける。
「誤射か」
「いいえ! 日本軍です!」
正面の激しい銃撃を運転手はハンドルを切りながらパットンに避けながら説明する。
「この辺りは制圧したのではないか」
「はい、進軍し、前線は先にあります。ですが、夜中に日本軍が密かに戻ってきて籠もるんです。百メートル毎に連中の陣地があり、全てに日本兵籠もっており、移動は銃撃を浴びながら行っています」
「陣地を潰していないのか」
「勿論潰しました。しかし、僅かに残った遺構を使って遮蔽し攻撃を仕掛けてきます。見張りを置いても少数では夜にやられます。大人数を割けるほど戦線も兵力も優位ではなく、結局放置し、日本軍に取られ銃撃を浴びています」
「なんてことだ」
流石のパットンもこれには言葉もなかった。
ドイツ軍も精強だったが、彼らは戦術的な基本原則を守っている。
分断されたり孤立するのを避けるように行動していた。
そして包囲されても抵抗する――食糧不足で降伏しないようヒトラーの指導により食料庫などが各地に整備されていたこともあり、包囲されたドイツ軍は中々降伏しなかった。
だが日本軍は常軌を逸している。
包囲されるどころか、孤立を恐れず後方へ侵入して頑強に抵抗するなど想像外だ。
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