バークナー戦死
「全く、これほどまでに抵抗するとは信じられない」
上陸から一ヶ月近く経ち、ようやく首里へ迫ったが、ここで再び戦線は膠着状態に陥った。
周囲を圧倒的な艦隊で埋め尽くし日本海軍が来られないようにしている。
また、兵力も圧倒しており、既に日本軍も大損害を受けている。
増援の見込みはなく、これ以上戦っても破滅的な結末しかない。
それでもなお抵抗する事にバークナーは信じられない思いだった。
「ビラを撒いて降伏を促せ。牛島司令官にも降伏勧告を行うんだ」
命令は直ちに実行され八〇〇万枚のビラが上空からばらまかれた。バークナー自身も親書をしたため牛島司令官に渡すよう命じた。
バークナーの牛島に対する投降勧告は、士官学校の校長経験という共通の経歴も踏まえた内容だった。
閣下の率いる軍隊は、勇敢に戦い、善戦しました。閣下の戦略は、閣下の敵であるアメリカ軍から、ひとしく尊敬されるところであります。閣下は本官同様、長年学校と実戦で経験を積まれた立派な歩兵の将軍であります。従って、本官が察するところ閣下もすでにご存じのことと思いますが、全日本軍がこの島で壊滅することは、いまや既に時間の問題であります。どうか降伏していただきたい。貴官の名誉は本官が必ず守り通し、将兵達の生命も保証いたします
しかし、受け取った牛島は一笑に付して拒絶した。
「バークナーは何をしているんだ」
パットンは攻撃が遅々として進まないことに苛立ちバークナーを叱責した。
降伏勧告も戦況が進まないことを濁すための弁明のように思えてならなかった。
「貴官が、嘉手納正面にこだわるなら直ちに突破せよ。客船の船室で尻で椅子を磨くしか能が無い臆病者ならウェストポイントへ帰れ」
湊川へ増援を送れば、日本軍の後方を脅かすことが出来た。
撤退は失敗だったと思っているパットンの命令は辛辣で容赦なかった。
バークナーも頭越しに命令され、実行され、余計な損害を受けて失敗したあげく責任を押しつけられ面白くなかった。
パットンの悪態もあり、バークナーは頭に血が上った。
しかも、温厚な人格者であるニミッツからも似たような苦情が送りつけられた。
「前線視察に向かう」
臆病者と言われては黙っていられなかった。
バークナーは直ちに上陸用舟艇で上陸し、激戦地である海兵第八連隊へ向かおうとした。
だが、途中の海兵第二二連隊ロバーツ大佐から忠告を受ける。
「歩兵第九六師団前面の高台にある日本軍陣地からかなりの銃弾が飛んできております。これより前線へ行かない方が良いでしょう」
「助言に感謝する。だが、後方で尻込みしているわけにはいかない」
「……分かりました。お気を付けて」
ロバーツ大佐は引き留めるのを諦め見送った。
彼の言葉は誇張でも嘘でも無く事実だった。
実際、バークナーを見送った直後、ロバーツ大佐は日本軍の狙撃を受け戦死した。
また、バークナーが前線に来たことは日本軍の観測によって明らかになった。
情報が直ちに伝わり、前線では警戒と索敵が高密度で行われた。
結果、前線視察中のバークナーを日本軍の見張りが発見。
直ちに後方の砲兵陣地に通報され、速射砲部隊が狙撃を敢行。
バークナーの近辺に数発の砲弾が飛来した。
そのうち一発がバークナーの横にあった石灰岩に命中し炸裂。粉々になった破片がバークナーの胸に命中し深手を負わせた。
「司令官!」
補佐官のハバートが自らの負傷にもかかわらず駆け寄り、近くの兵数名と共に重傷を負ったバークナーを物陰に運び込み衛生兵と軍医の治療が行われた。
しかし、治療の甲斐無くバークナーは負傷から十分後に死亡した。
「バークナー司令官戦死!」
「……臆病者ではなかったな」
報告を受けたパットンは呟いた。
「どうなさいます」
「バークナーの戦死を公表しろ。それと今後の指揮は私が執る」
「総司令官が」
「他にいないだろう」
各師団の師団長は全員激戦のただ中にいて、全軍を指揮出来ない。
幕僚の中に新司令官の候補もいない。ならばパットンが指揮するしかなかった。
だが、幕僚は不安だった。
「これより私が作戦指揮を執る。前線の様子を確認しに行く」
当然とばかりにパットンは明言し、幕僚は天を仰いだ。
猪突猛進のパットンが後方で大人しくしないはずがない。
これまで大人しく船に乗っていたことの方が奇跡なのだ。
当然、パットンは最前線へ行くだろう。
あの地獄の最前線。激烈な抵抗を見せる日本軍のいる戦場へ。
パットンが無事に戻ってこられるよう幕僚は祈るしかなかった。
直ちにバークナーの戦死は公表され、パットンが後任として直接指揮を執ることが知らされた。
バークナー戦死を無線傍受で聞いた第三二軍司令部は戦いに勝利したように喜んだ。
ただ一人、牛島のみは喜んではいなかった。
「惜しい人を亡くした」
一人呟き、哀悼の情を捧げるようにうなだれていた。
その姿を見た参謀らは歓喜するのを止め、襟を正した。
静かになった幕僚達に牛島は頭を下げながら言った。
「これから厳しい戦いになるでしょう。皆さん、今後とも、どうか宜しくお願いします」
牛島の言葉はこれからの戦況が更に厳しくなることを予想したものだった。
「しかし、これ以上待ってはいられません。本土に救援を要請しましょう」
「幾度も要請はしていますが、本土からは応答がありません」
「ならば伝令を送りましょう。神航空参謀。行って貰えますか」
「勿論です!」
東京への伝令として航空参謀の神が選ばれた。
航空隊は既に退避しており、航空参謀は開店休業状態だったこともあり、本人も承諾した。
直ちに司令部から抜け出した神参謀は、小舟を調達し米軍の監視を掻い潜り、本土に向かった。
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