船坂弘とパットン
三日前。
「また、俺だけか」
慶良間チージの北側斜面で船坂は目を覚ました。
救援部隊として安里五二高地――慶良間チージへ駆けつけ、米軍を相手に戦ってきた。
米軍を撃破した後、高地へ突撃し残敵掃討を行っていると、米軍の反撃があり、至近に砲弾が炸裂。
船坂は斜面を転げ落ち、気絶した。
このような状況は慣れていた。アンガウルの戦いでも爆発で生き残ったのが船坂ただ一人――致命傷を負って戦死したとみられ見捨てられる事がよくあり、孤独には慣れている。
「味方は反対側か」
味方とは反対側の斜面に落ちたことを太陽の位置と斜面から判断した船坂は自分の状況を理解した。
手元には手榴弾の他、拳銃くらいしかない。
しかも周りには米軍がいる上に、全身血だらけだ。
「助かりそうもない」
下手に斜面を登っても、米軍に撃たれてしまうし、怪我で立ち上がれず登れない。
「自決するか」
手榴弾を見つめて呟くが、すぐに顔を横に振る。
「一兵も殺さずに死ぬのは無意味だ。ならば相打ちでもよい。敵兵と刺し違えるか」
船坂は決意すると周りの米兵の装備も集めて背負うと、這いずりながら進み始めた。
「いっそやるなら敵の指揮官を仕留めてやる」
こうして船坂は三日三晩かけて這いずり回り、米軍の後方へ向かっていった。
得た装備から食料を食べ、見張りに見つかりそうになると死体のフリをして逃れた。
足に大怪我していたこともあり、とても生きているようには見えなかったことも幸いする。
日が経つにつれて、船坂の身体は徐々に回復し、小銃を杖にして立ち上がれるようになった。
船坂は代謝が高いためか、怪我が治りやすく、致命傷とみられ軍医がさじを投げても、一晩眠れば目覚め、数日後には歩けるようになっていた。
アンガウルの戦いで船坂が生き残れたのはこの特異体質によるところが大きい。
沖縄でもその体質が、最大限に生かされ、米軍陣地深くへ潜入した。
「あそこか」
士官らしき人物が数人入っていったテントを確認した船坂は、そこを目標とした。
昼間の激戦で疲れたのか、日本軍が夜襲を行わないようになったためか、警戒は厳しくなかった。
船坂は身体に複数の手榴弾と地雷を身につけ、両手に手榴弾を持ってテントに近づき、中に入る。
士官が会議をしていたのか椅子に座っていたが、全員が入ってきた船坂に驚いたえ固まった。
怪我をして血まみれの上、鬼気迫る表情の船坂に、まるで幽霊兵士のような出で立ちに恐怖で動けなかった。
その隙に船坂は握りしめた手榴弾を机に叩き付け、点火しようとする。
が、背後から銃声が響く。
「がはっ」
気がついた警備の兵が、船坂の首元を狙って発砲した。
銃弾は船坂の首を貫通し、流石の船坂も倒れた。
「大丈夫ですか将軍!」
船坂が倒れたことでようやく我に返ったウッドハウス中佐が盾になるように駆け寄り尋ねる。
警備の兵が船坂を囲み、両手に持っていた手榴弾を回収する。
「儂は大丈夫だ」
平静を装っていたが、流石のパットンもまさかあんな大怪我をした敵軍兵士が目の前までやって来て襲撃してくるとは思わなかった。
グリップを象牙で作った自分の拳銃を引き抜くことさえ忘れて仕舞っていた。
「閣下、この兵は生きています」
武装解除していた兵士が船坂に僅かに息がある事を報告する。
「彼は真の戦士だ。軍医にできる限りの事をする様に伝えろ」
「しかし」
「命令だ」
兵士は致命傷と言いたかった。勿論パットンも分かっていた。
最後の情けとして苦しまないように殺してやるのも慈悲だろう。
しかし、これほどまでの胆力を見せつけられては、救いたいという思いが勝った。
無駄だとしても、銃弾を撃ち込む気にはなれない。
「軍医の元へ連れて行き、できる限りの治療しろ」
「はっ」
命令通り遂行された。命じたパットンも命じられた兵士も、担ぎ込まれた軍医ももう助からないと思っていた。
だが、翌日、日の出頃、船坂は覚醒。
米軍に助けられ治療されていると知るとベッドの上で大暴れした。
「敵に情けをかけられた上に助けられるなど恥だ! 殺せ!」
大怪我をしていたにもかかわらず数人がかりで取り押さえることになった。
船坂が蘇生した事を知ったパットンが驚いてやって来たのはベッドに上に縛り付けられた状態だった。
それでも船坂は「殺せ」と叫んでいた。
「情けをかけたのではない。敬意を表したのだ」
通訳を介して、パットンは船坂に伝えた。
「あそこまでの怪我を負いながら、奥深くまで行き指揮官の命を狙うとは感嘆するべき戦意だ。とても殺す気にはなれない。どうか我々の、私の君に対する敬意を受け取って貰いたい」
「敵の情けなど」
「情けではない、勇敢に戦った君の行動を称賛したいのだ。他にやり方をしらないくそったれな俺たちで気に入らないかもしれないが、受け取ってもらいたい」
パットンに言われて、船坂もようやく納得したのか黙り込んだ。
落ち着いたのを見てパットンはできる限りの治療を行うように、だが決して目を離さないように命じると、指揮のために揚陸指揮艦へ引き返した。
その道中、シープの上でパットンは呟いた。
「バークナー、心から謝罪しよう。君は誰よりも優秀だった。ただ日本兵の方が勇猛すぎた。我々の圧倒的な砲火力でも彼らは巧みな陣地に籠もり耐え抜くため打ち破れることは出来ず、防衛線を突破するどころか命を失うところだった」
沖縄戦の厳しさ、日本軍の粘り強さをパットンは再認識した。
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